続・「やりたいこと」と「得意なこと」のどちらを優先すればいいんだろう?

続・「やりたいこと」と「得意なこと」のどちらを優先すればいいんだろう?
 


谷所健一郎『即戦力になる人材を見抜くポイント86―中小企業の面接技術』(創元社、2009年)は、中小企業における採用に関してユニークな視点を提供してくれる。例えば、「履歴書などを送る郵便物の住所を都道府県から書かない人は仕事で手抜きをする可能性が高い」、「面接で出されたお茶を飲まない人は心を開きにくい人である」といった具合だ。

ただ、郵便番号は「都道府県+市区町村+地名+丁目」を書かなくても郵便物が届くように考案されたものであり、それをわざわざ書く人は仕事のやり方が非効率という見方もできるだろう。また、女性は面接に限らず訪問先で出されたお茶を飲まないようにしていると女性から聞いたことがある。面接中や商談中にトイレに行きたくなるのを絶対に防ぐためらしい。

「好きこそものの上手なれ」と「下手の横好き」

本書には「 『やりたいこと』『できること』を語れる人は職務能力が高い 」というページがあったのだが、出版年とちょうど同じ年に旧ブログで「「やりたいこと」と「得意なこと」のどちらを優先すればいいんだろう?―『リーダーへの旅路』」という記事を書いていたのを思い出した。私の前職は組織開発・人材育成のコンサルティングサービスを提供するベンチャー企業であったにもかかわらず、採用に関してはチンプンカンプンなことを繰り返していた(その企業に雇用されていた私もチンプンカンプンな人間ということになるだろうが)。その1つが本人が「得意なこと」よりも「やりたいこと」を優先するという方針である。

「やりたいこと」が明確な熱意のある人は、入社後も高いモチベーションを持って仕事をしてくれると考えがちである。「好きこそものの上手なれ」ということわざもある。しかし、ベンチャー企業に夢をはせて入社した人たちが、肝心の能力不足ゆえにやる気を失い、お荷物社員になるのを私は何度も目にしてきた。それでも本人は自分の好きなことを失いたくないとその仕事にしがみつくのだから質が悪い。「下手の横好き」とはよく言ったものである。下手でも好きなら許されるのは趣味の世界に限られる。成果が求められるビジネスは趣味ではない。

モチベーションは企業側の努力によっていくらでも上下させることができる。一方で、能力は簡単には上下しない。一定の能力があれば、企業がモチベーションを底上げすることで、ある程度のパフォーマンスを期待することができる。ところが、モチベーションが高くても能力が高くなければ、企業は能力を上げるのに苦労する。能力開発の過程で本人がやる気を失ってしまうと、企業はその社員の使い道を失う。ベンチャー企業のように、慢性的な人手不足の状態にあり、1人として無駄にしたくない企業においては致命的な失敗である。

「コア・コンピタンス経営」との対比

「やりたいこと」と「得意なこと」は、ゲイリー・ハメル&C・K・プラハラードの言葉を借りれば、企業の「ストラテジック・インサイト」と「コア・コンピタンス」に相当する。

両者の著書『コア・コンピタンス経営―未来への競争戦略』(日本経済新聞社、1995年)では、ストラテジック・インサイトの例として、NECの「C&C(コンピュータ&コミュニケーション)」が挙げられている。私の解釈では、ストラテジック・インサイトは事業ドメインを緩く表現したもので足りると感じる。事業ドメインが狭すぎると、企業は身動きがとりづらくなってしまう。かつて日本の全面支援を受けたエルピーダは、経済産業省が目指す「DRAMで世界一」という限定的なドメインに縛られて自滅した。


面接においても、応募者のやりたいことが明確すぎるのは問題である。ある人が「○○県の飲食店でNo.1の店長になりたい」と言って飲食業に入社した場合、もしも別の県の配属になったらそれだけでやる気を失うかもしれない。「高齢者がゆとりをもって食事をできるようにしたい」といった具合に、「やりたいこと」は多少ぼやけていた方がよい。仮にその企業が将来的に飲食業を辞めて食品加工業者に業態転換したとしても、苦労はあるにせよ順応できるかもしれない。

「なぜこの社に入りたいのか」という理由があまりに理想に燃えすぎ、現状と食い違う場合、入社後にミスマッチングを起こすおそれがある。思い入れが強い応募者ほど、理想と入社後の現実にギャップを感じ、一挙に熱が冷めてしまいがちなので、人事担当者は応募者が自社をどうとらえているか十分に見極め、期待に応えられるかを検討してみよう。

これに対して、「得意なこと」=「コア・コンピタンス」はできるだけ狭い方がよい。ハメルとプラハラードが挙げるコア・コンピタンスの要件は、 ①競合企業が模倣困難であること、②顧客に対する価値創出につながること、③多様な市場に対して展開可能であること、の3つである。つまり、非常に限られた技術でありながら、様々な製品・サービスに展開できる可能性を秘めているのがコア・コンピタンスということになる。木で例えれば、コア・コンピタンスは根っこであり、製品・サービスが葉に相当する。

私などは中小企業診断士として全く成功していない部類に入るから、私の話は案の参考にもならないだろうが、私が8年ほどあれこれと仕事をしながら気づいたのは、「研修のケーススタディを開発する能力」こそが自分のコア・コンピタンスだということである。こんなマニアックな能力を持っている人はあまりいないと思う。このコア・コンピタンスを核として、事業戦略の策定、ITの導入支援、人事評価の仕組み整備、教育計画の作成といったサービスが派生する。

研修のケーススタディを開発する上では、研修の参加者に何を学習してもらうのかを明確にしなければならない。それを明確にするには、研修の参加者が日々直面している業務を理解する必要がある。業務へ踏み込もうとすると、自ずと事業理解が不可欠となる。こうして、私のサービスは事業計画の策定支援へとつながっていく。また、研修で学習した内容が現場で実践されるように、現場の活動と評価項目を連動させることもある。段階的な学習を踏んだ方がよい場合には、長い目で見た教育計画の作成にも着手する。さらに言えば、業務理解⇒研修の設計⇒研修コンテンツの開発⇒効果測定という一連のプロセスは、要件定義⇒詳細設計⇒プログラム開発⇒運用というIT導入のプロセスとも類似している。そのため、ITの導入支援にも手を広げている。

まとめ

以上を踏まえると、中小企業は「やりたいこと」がおぼろげながら見えている人で、「得意なこと」=一芸に秀でた人を採用するのが望ましい。逆説的だが、一芸に秀でた人の方が、中小企業が求めている多能工に育つ。羅針盤は北を指すことしかできない。東や西を指したくても不可能である。しかし、北を指すことしかできないがゆえに、様々な用途がある。