【ベンチャー失敗事例(7)】外部パートナーと真のパートナー関係になっていなかった【Skill】
- 2020.03.23
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X社の研修サービスは、診断とセットになっているものが多かった。受講者は研修前に診断を受けて、自分のスキルやマインドセットのレベルを可視化する。そして、研修では自分の強みを伸ばし、弱みを克服するための方法を学習する。さらに、研修から一定期間が経過した後にもう一度診断を受診して、スキルやマインドセットのレベルがどのくらい向上したのかを確認することもあった。つまり、提供価値に占める診断のウェイトがかなり大きかった。
ところが、X社は大半の研修において、診断を自社開発せずに、外部の診断サービス専門会社を利用していた。例えば、A社長がメインで販売しようと試みていた「キャリア開発研修」では、ハイパフォーマーの行動特性であるコンピテンシーを診断する外部のサービスを使っていた。受講者の強みであるコンピテンシーを特定し、そのコンピテンシーを活かしたキャリアビジョンを研修中に描いてもらうという意図があった。
診断サービス専門会社は、その企業独自のメソッドやアルゴリズムに基づいて、設問内容や診断報告書を定式化している。よって、X社が研修内容に合わせて測定したいスキルやマインドと必ずしも完全に一致しているわけではない。外部のコンピテンシー診断には、基礎的な性格診断やコミュニケーション能力の診断も含まれていたのだが、X社はその2つに関しては無視していた。むしろ、コンピテンシー診断に特化したものにするために、設問やレポートのカスタマイズをたびたび依頼しており、それだけで数十万円、時に百万単位の追加コストを支払っていた。
外部の診断サービス専門会社は、設立から何十年も経過している老舗の企業がほとんどであった。彼らの企業体質を批判するわけではないが、ベンチャー企業が求めるスピード感と彼らのスピードにはギャップがあった。カスタマイズの可否を検討してもらうのにも、カスタマイズフィーの見積を出してもらうのにも、我々の想定以上の時間がかかった。メールのやり取り1つをとってみても、総じてレスポンスが鈍い印象があった。X社の営業担当者は早く顧客企業に診断の中身を紹介し、研修の見積書を出したいのに、診断サービス専門会社からの連絡が遅いがために、作業が滞っているのを私は何度も目にした。X社が自前で診断を開発していれば、診断サービス専門会社とのやり取りに翻弄されるような事態は発生しなかったであろう。
X社の研修サービスにとって、診断はコアコンポーネントである。一般論で言えば、コアコンポーネントを外部企業に委ねるのはナンセンスであり、内製化するのが筋である。しかし、X社のように立ち上がったばかりのベンチャー企業は、コアコンポーネントを外部企業に依存せざるを得ないこともある。また、ベンチャー企業が組む相手企業の社歴はたいていそのベンチャー企業よりも長いため、X社が直面したように、社風の違いによる業務上の問題を乗り越える必要がある。
ベンチャー企業が販売する製品・サービスの量が多ければ、手を組む供給業者に対してバーゲニングパワーを発揮することもできる。しかし、販売実績に乏しいベンチャー企業にはなかなか難しい話でもある。X社のオフィスには自動販売機が設置されていたのだが、冬になっても温かい飲み物が補充されないことがあった。気を利かせたつもりの社員が、ベンダー担当者向けに、「温かい飲み物を入れてください」と書いた紙を自販機に張り出した。当時のX社の社員は10人ちょっとまで減少していたから、自販機の売上高はほとんどないに等しかった。当然のことながら、自販機を巡回する頻度を大幅に減らしていたベンダー担当者の目にその張り紙が触れるまでにはかなりの時間がかかった。顧客側がどんなに声を上げても、その顧客が購入する数量が少なければ、供給業者は当該顧客への対応の優先順位を下げるものである。
そうは言っても、コアコンポーネントを外部企業に頼っているベンチャー企業は、その供給業者からもっと積極的にこちらを向いてもらわなければならない。換言すれば、売り買いだけの関係を超えたパートナー関係にならなければならない。パートナー関係をマネジメントするにあたっては、両社が共通の目標を掲げることが肝要であるとよく言われる。だが、個人的には、共通目標を掲げることができるのであれば、何も両社が分かれている必要はなく、いっそのこと合併してしまえばよいと考えている。会社が違う以上、双方はお互いの目標を追求すればよい。しかし同時に、パートナー関係にある以上、相手の目標に敬意を払うことも忘れてはならない。
相対的に力が弱いベンチャー企業が、販売数量の増加に頼るのではなく、相手企業との関係を強化するためには、相手企業が提供している顧客価値の”洗練”に貢献することが効果的であろう。X社は、研修受講者が自分の強み・弱みを把握できるように外部のコンピテンシー診断を利用していたのだが、診断サービス専門会社が本来想定していた使い方ではなかった。診断サービス専門会社はコンピテンシー診断を人事部の採用担当者向けに販売し、採用応募者に受診させて、職務適性を判断してもらうことを狙いとしていた。
X社のキャリア開発研修は、受講者のキャリア意識やモチベーションの向上を目的としていた。よって、受講者の診断結果をつぶさに分析すれば、キャリア意識やモチベーションが高い人のコンピテンシーの傾向が見えたかもしれない。X社が無視していた基礎的な性格とコミュニケーション能力の診断結果についても、何らかの傾向をつかむことができただろう。X社は外部の診断サービス専門会社に対して、その内容を積極的にフィードバックすればよかった。
診断サービス専門会社が持っているアルゴリズムは入社時点での職務適性を判断するものであるのに対し、X社の分析結果は入社後のモチベーションを予測する。X社の提案に基づいてアルゴリズムを修正した診断サービス専門会社は、人事部の採用担当者に対してより精度の高い情報を提供することが可能となる。これが、「パートナー企業が提供している顧客価値の”洗練”に貢献する」ということの意味である。たとえ販売数量が少なくても、自社に重要な知見をもたらしてくれる企業を相手は重視してくれるに違いない。他の大口顧客への対応を後回しにしてでも、懇切丁寧に接してくれるかもしれない。自分は買い手だから要求だけを伝えれば十分と構えているのではなく、むしろ相手企業のビジネスの質を上げる手伝いをする。その徹底した献身的態度が、パートナー関係を成功に導く秘訣だった可能性がある。
私が在籍中に最も頭を抱えたのは、キャリア開発研修に付随するサービスとして、「携帯電話を使った新サービス」の開発に乗り出した時であった。キャリア開発研修では、事前に受講者がコンピテンシー診断を受診し、自分の強みと弱みを明らかにする。研修中はその結果を踏まえて、強みを伸ばし弱みを克服するためのアクションプランを策定する。従来の研修では、研修中に作成したアクションプランが、研修後に現場で実施されているかどうかをモニタリングできなかった。往々にして、アクションプランは作りっぱなしで終わっていた。そのような事態を防ぐために、ある大学の教授と業務委託契約を結んで助言を求め、次のようなシステムを構想した。
研修でアクションプランを作成した後、受講者は携帯電話で専用サイトにアクセスし、アクションプランを登録する。例えば、「出勤したらその日の仕事をリスト化し、優先順位をつける」、「顧客の声をよく知るために、営業担当者の商談に同行する機会を増やす」、「幅広い視野を養うために、退社後に30分ビジネス書以外の本を読む」といったプランを3~5個程度登録する。
研修の翌朝には、アクションプランをリマインドするメールが自動配信される。それから1週間後の夜には、その週のアクションプランの実施度合いを確認するメールが届く。受講者は、メールに記載されているURLから自身の専用サイトにジャンプし、それぞれのアクションプランがどのくらい実行できたのか、パーセンテージで入力する。この「アクションプランのリマインド⇒アクションプランの実施度合いの登録」という1週間のサイクルが、研修終了後数か月間続く。
受講者は他の受講者のアクションプランやその実施度合いを閲覧することができ、他の受講者に対して応援のメッセージを書き込むことも可能であった。加えて、受講者の上司などを「サポーター」として登録すると、受講者のアクションプランとその実施度合いはサポーターにも報告され、サポーターが受講者に向けてコメントを発信できる機能も備えていた。このようなコミュニティ機能は、各自のアクションプランの実施を後押しするものであった。
受講者は研修から一定期間が経過した後に、コンピテンシー診断をもう一度受診する。そのデータを研修受講前の診断結果と比較すれば、それぞれのコンピテンシーの成長度合いが解る。これとアクションプランの実施度合いのデータを活用すれば、各コンピテンシーを向上させるのに最も効果的なアクションプランとは何かを明らかにすることができる予定であった。
確かに、アクションプランを現場できちんと実行させたいというニーズは多くの人事部が抱えていたし、アクションプランの実施度合いを定量的に可視化し、コンピテンシーとアクションプランの関係性を体系化することができれば、人事部に対して有益なレポートとなったであろう。だが、当時のX社にとって、そこまでやることは非常にハードルが高かった。
業務委託契約を結んだ相手は大学教授であるから、大学教授のニーズを考えてみる必要ある。それは一言で言えば「論文が書けること」である。この大学教授は既に、中学生とその保護者向けに似たようなシステムを構想し、論文を書いた実績があった。授業が終わると中学生の携帯電話に宿題が配信される。中学生はその宿題を解いて結果を登録する。宿題の進捗は保護者に通知されるようになっており、保護者は子どもに対してエールを送ることもできる。宿題の結果をこまめに登録した生徒の方が成績アップ率は高く、さらに保護者がエールを送った回数が多ければもっとアップ率が高くなる、というのが論文の趣旨であった。
大学教授はこの論文の社会人版を書きたかったに違いない。アクションプランの実施状況をこまめに登録した人の方がアクションプランの達成率は高く、さらに上司がエールを送った回数が多ければもっと達成率が高くなる、という内容である。逆に言うと、それぞれのコンピテンシーを向上させるのに最も効果的なアクションプランは何なのかを体系的に突き止めることは二の次だと考えていたように思える。学問的には面白いテーマのように見えるが、少なくともこの大学教授にとっては、それほど重要ではなさそうだった。
もし、大学教授の目標に貢献することを重視していれば、携帯電話のシステムは、①アクションプランを登録する、②実施状況を記録する、③他の受講者やサポーターがエールを送る、という3つの機能だけを備えたシンプルなもので済んだ。前述のように外部のコンピテンシー診断を細々とカスタマイズした結果、X社としてこれというコンピテンシーモデルが確立されず、そのモデル化まで目論んで携帯電話のシステムを作ろうとしたのには無理があった。大学教授との契約関係上は自社が買い手だからとX社の都合ばかりを考え、教授側がこの関係に期待していたことを軽視したがゆえに、パートナー関係は破綻してしまった。
<おわりに>
本シリーズを執筆するにあたり、2013年~2014年に前ブログで書いた「ベンチャー失敗の教訓」シリーズを読み返したのだが、当時は随分と怒りに任せて文書を書いていたものだと恥ずかしくなった。今回のシリーズでは、かなり冷静になることができたつもりである。
私が指摘した様々な問題点には、私がX社に在籍していた時から気づいていたものも多い。当時、それらの問題を解決することができなかった(あるいは、他の社員に対して問題提起すらしなかった)ことは、全くもって私の実力不足であり、私自身にも大いに反省すべき点がある。
当事務所のHPに「50人の壁を超える」とあるのは、前職ではグループ全体で50人を超えたところから社員を増やせなかったどころか、瓦解に向かっていった負の経験を活かしたいとの意図が込められている。前職のように悲劇的な中小企業を生まないようにすること、50人からさらに社員を増やして積極的に新規事業に挑戦し、雇用を創出する成長志向の企業を支援していくことを私の使命とする。これは同時に、過去の私に対する贖罪でもある。
最後に、全7回の記事内容を基に、自社の経営状況をチェックする簡単な診断を用意した。以下の20問について、読者の皆様の企業がどの程度あてはまっているか、「5点.よくあてはまる」、「4点.ややあてはまる」、「3点.どちらとも言えない」、「2点.ややあてはまらない」、「1点.全くあてはまらない」の5段階で採点してほしい。合計点が60点未満ならば黄信号だと考えてよい。
【Shared Values】
(1)経営陣は経営理念を自分の言葉で語っているか?
(2)ビジョンは売上高などの金額ではなく、利他的な世界観になっているか?
(3)行動規範の意味について社員間で対話を行い、認識を揃えているか?
【Strategy】
(4)個々の製品・サービスのコンセプトの間に矛盾はないか?
(5)戦略を実行するための組織能力は十分に備わっているか?
【Structure】
(6)タテのコミュニケーション(指揮命令系統)は機能しているか?
(7)組織を細分化しすぎて社員の中に心理的な壁を作っていないか?
(8)管理部門の人員は必要最小限に抑えられているか?
【System】
(9)成果に至るまでの途中で重要な中間指標を設定し、見える化しているか?
(10)プロセスのボトルネックの原因を分析しているか?
(11)製品・サービスを1個販売するといくらの利益(粗利ではなく最終利益)が残るか、おおおそ把握しているか?
【Staff】
(12)ゼネラリストよりも一芸に秀でたスペシャリストを採用しているか?
(13)採用面接では応募者の変化に適応する力を評価しているか?
(14)「馬が合う」という直観によらず、自社の価値観との合致度合いを見ているか?
(15)社員の能力を可視化し、開発する仕組みを構築しているか?
【Style】
(16)業務をタイプ別に分類し、各タイプに要する標準的な時間を設定しているか?
(17)社内会議は責任者が適切にマネジメントしているか?
(18)営業の現場では安易な値引きが横行していないか?
【Skill】
(19)自社の価値に直結するコア業務は可能な限り自社で行っているか?
(20)コア業務を外部パートナーに依存する場合、パートナーに対して価値提案をしているか?
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