フレデリック・W・テイラー『【新訳】科学的管理法』―イノベーションの生産性を上げる3つのカギ

フレデリック・W・テイラー『【新訳】科学的管理法』―イノベーションの生産性を上げる3つのカギ
|新訳|科学的管理法
フレデリック W.テイラー
ダイヤモンド社
2009-11-28

フレデリック・W・テイラーによる科学的管理法は現代経営学の出発点である。テイラーは、工場労働者の主観的な経験や技能の上に成り立っていた作業を、客観的・科学的に整理してマネジメントすることを目指した。テイラーはまず、工場労働者の一連の作業を細かく分解して、それぞれにかかる時間をストップウォッチなどで測定した。これを「時間研究」と呼ぶ。そして、熟練工のムラ・ムダのない動きはどのように実現されているのかを分析し、個々の作業を効率化するための方法を考察した。これを「動作研究」と呼ぶ。

テイラーによる時間研究や動作研究は徹底している。本書には科学的管理法の様々な適用例が登場するが、「シャベルすくい作業」の事例は、およそ科学とは無縁と思われるような単純な作業であっても研究が有効であることを示している。テイラーの関心は、シャベル作業の名人が1日の作業量を最大化するためには、1回にすくう量をどれほどにすればよいのかということにあった。丹念な実験の結果、テイラーは、その量が1回あたり平均21ポンド(約9.5kg)であることを突き止めた。24ポンド(約10.9kg)でも18ポンド(約8.2㎏)でもダメである。21ポンドより軽いとすくう回数が増えて疲労がたまりやすく、また21ポンドより重いと1回ごとに腕にかかる負荷が高くなり、作業者が途中で差し挟む休憩が能率を損なうのである。

弟子のフランク・B・ギルブレスが行った「レンガ積み」の事例も紹介されている。ギルブレスは時間研究と動作研究を通じて、レンガを積む際の不要な動作を次々と取り払い、スピードアップを図った。その上で、両足、モルタル容器、レンガの山の最適な位置と高さの関係を調べ上げ、さらなる効率化を進めた。加えて、レンガを積む前後の作業も改善を施した。まず、レンガをトラックから降ろして職人の元へ運ぶ前に、作業員がレンガを選り分けて、最もきれいな面を上にして木枠の上に並べるようにした。これにより、作業員が足場の上でレンガの面を吟味して、どの面が傍から見えるようにするか判断する時間を節約することができた。また、通常はレンガを積んだ後にレンガを上からハンマーで叩くのだが、モルタルの練り具合を最適にすれば、ハンマーで叩かなくても、レンガの自重でレンガが固定されることも発見した。

テイラーが最も解決したいと願っていたのは、「怠業(Soldiering)」の問題であった。ある作業員が他の作業員よりも頑張って作業量を多くすると、職場は混乱する。例えば6人の職場において、1人が他人よりも1.2倍の作業量を達成したとする。経営者はこう考えるに違いない。「同じ給料で1.2倍働いてくれる人がいるなら、全員の目標を明日から1.2倍にしよう。そうすれば、今まで6人でやっていた作業量を5人で達成できる」。最初に1.2倍の成果を上げた作業員は、他の作業員を1.2倍酷使させ、仲間を1人犠牲にした罪人である。誰しもそんな罪人にはなりたくないから、たとえ生産性を上げられると解っていても挑戦しない。この性向をテイラーは問題視した。

テイラーは「差別的出来高賃金」を導入し、生産的な方法で多くの作業量を実現した作業員には、相場に比べて60%程度の割増という破格の賃金を支払うことを提唱した。しかしながら、私は差別的出来高賃金は科学的管理法の本質ではないと考える。というのも、当時の経営者の中には、確かに先ほどの例のように生産性が上がっても給料を据え置きにする人もいたものの、一方では既に出来高制を採用している企業もあったからである。

テイラーが科学的管理法を適用したベスレヘム・スチールという企業では、鉱石をシャベルですくう作業員に対し、1トンあたり3.2セントという報酬を支払っていた。ある時、ベスレヘム・スチールには腕利きが揃っていると聞きつけたピッツバーグの工場が代理人を派遣し、1トンあたり4.9セントという条件を提示してきた。ベスレヘム・スチールではこれ以上の賃上げはできないと結論づけたテイラーは、泣く泣く作業員の引き抜きを認めた。

ところが、6週間後には作業員が皆ベスレヘム・スチールに戻って来たのである。話を聞くと、周りの作業員が「頑張って仕事をするな」としきりに諭すので作業ペースを落とさざるを得ず、結果的に得られる報酬が少なくなってしまったのだと言う。ピッツバーグの工場には非常に魅力的な出来高制があったのに、現場では生産性を上げると仕事を失う人が出ると強く信じられていた。これほどまでに同調圧力とは手ごわいものである。

作業量を増やすと職を失うと考える人は、今たくさん生産すれば、将来の需要を先食いしてしまうことを恐れている。6,000個の需要があると見込まれる市場で、年間1,000個製造する工場に勤務している作業員は、6年間継続勤務できると期待している。だが、生産性を1.2倍にすると、勤務期間が5年へと短くなってしまう。たとえ出来高制によって高い賃金をもらっても、それによって早く失職するぐらいなら、生活の安定のために長く働ける道を選択する、というわけだ。

テイラーの最大の功績は、労働者の間に蔓延していたこの思い込みを打ち破ったことにあるのではないかと私は感じる。供給を増やすと、満たされていない需要が減っていくどころか、むしろ広がる。このことをテイラーは靴の例を使って説明している。

靴づくりの工程すべてを人手ではなく機械に任せたところ、コストが従来の何分の一かで済み、価格が大幅に下がった。結果、いまや労働者階級でも、大人に限らず子どもまでもが年に一、ニの靴を買い求め、日常的に履くようになった。ところがそれ以前は、おそらく5年に一度くらいしか靴を買わず、どうしても必要な場合か、特別にめかし込んだ場合を別にすると、ほとんど靴を履かずに過ごしていた。機械の導入により、働き手1人当たりの生産量は飛躍的に増えたが、需要が大きく押し上げられたため、靴業界の雇用者数はかつてないほど高い水準にある。

生産性が向上すれば市場のパイ自体が大きくなるため、労働者は失業を不安視する必要がない。生産性向上により競合他社に比べて作業量を増やした企業は、拡大する市場の機会をいち早くものにできる。仮に経営者が差別的出来高賃金を支払っても、人件費の増加をカバーして余りあるほどの収益が手中にある。こうして、経営者と労働者の間にWin-Winの関係が構築される。

テイラーの時代は、需要が供給を大幅に上回っていた。これに対して、現代は供給が需要を上回る時代である。この状況で単に同じ製品・サービスの生産スピードを上げると、今度こそ需要を先食いする恐れがある。全企業が手を結んで「怠業」を行い、長期にわたり市場のパイを分け合って、お互いの雇用の維持を目指すかもしれない。しかし、均衡を保とうとする意図は、どんなにその関係を強固なものにしようとも、いやむしろ関係を強固にしようとすればするほど、外部からの異端児によって打ち砕かれるものである。

新たなニーズを作り出す企業や業界のルールを一変する企業、端的に言えばイノベーティブな企業によって、必ず均衡は破られる運命にある。既存の企業は指をくわえて破綻を待っているわけにはいかない。誰かがイノベーションを仕向ける前に、自らイノベーションを仕掛ける必要がある。現代の重要な課題は、いかにしてイノベーションの生産性を上げるかである。とにかくたくさんのアイデアを試せばよいということ以上の成功のカギを発見することである。

テイラーが観察した作業は定型的、反復的で、すぐに結果が見えるものであった。テイラーは、結果が出たらすぐに報酬を与えるべきだと主張する。差別的出来高賃金も、1日の作業量が目標に到達すれば、その日の終わりに支払うことが効果的であると指摘している。これに対して、イノベーションはすぐに成果が出るとは限らない。むしろ、何年もかかってようやく結果が解るものである。よって、粘り強く、報酬を我慢してイノベーションに取り組むことができる人材を慎重に選ぶことが第一のカギとなる。適材適所の実現はマネジメントの重要な役割の1つである。

テイラーは、ベアリング用ボールの検品作業に科学的管理法を適用した際、検品作業の適性がある作業員を見極めるための指標として「パーソナル係数」というものを採用した。AやBなどの文字を見せ、その文字に気づいた瞬間に決められたボタンを押すように要求し、ボタンが押されるまでの時間を測定する。生まれつき抜きん出た知覚と反射神経を備えている人とそうでない人とでは、パーソナル係数に決定的な差が出る。そして、その差が検品作業の生産性に大きく影響する。テイラーは、パーソナル係数が悪い作業員を大胆にも解雇した。

ある人の粘り強さを推定する実験として、マシュマロテストを挙げることができる。スタンフォード大学で行われたマシュマロテストには4歳の子どもたち186人が被験者として参加し、子どもたちは1人ずつ、マシュマロ1個と机と椅子だけがある部屋に通された。実験者は「私が帰ってくるまでの15分の間、マシュマロを食べるのを我慢したら、マシュマロをもう1つあげる」と子どもたちに告げて部屋を去り、その後の子どもたちの行動を観察した。その結果、実験者が戻ってくるまで我慢をし続けて2個目のマシュマロを手に入れた子どもは3分の1ほどであった。

追跡調査の結果、就学前における自制心の有無は十数年を経た後も持続すること、またマシュマロを食べなかった子どもと食べた子どもとでは、前者の方が周囲からより優秀と評価されていること、さらに大学進学適性試験(SAT)の点数がトータルスコアで210点も異なることが判明した。さらなる追跡調査では、この傾向が生涯のずっと後まで継続していることも示された。

もちろん、全員が今から4歳に戻ってマシュマロテストを受けることはできない。もしもマシュマロテストの大人版のようなものが開発されれば、採用の現場ではSPIのような適性検査に代わって広く普及するだろう。ただし、粘り強さはあくまでもイノベーションに対して最低限求められる資質にすぎない。間違った努力をいつまでも粘り強く続けるのは無意味である。イノベーションは不確実性が高いがゆえに、何が正しいのかをあらかじめ知る方法はないのだが、できるだけ正しい方向へと努力を差し向けるコツは存在する。

第二のカギは、新しいアイデアが、誰にどのように受け入れられているかを注意深く観察することである。イノベーションに成功した経営者はしばしば、「社内の反対者が多かったから、『このアイデアは行ける』と思った」と口にする。多くの人が賛成するようなアイデアは、誰もが思いつく凡庸なアイデアである。斬新なアイデアほど、今までのやり方に背くものであるから、反対者が多くなる。反対者の割合はイノベーションの成否を決める1つの指標になりそうである。しかし、この指標はもう少しブラッシュアップできる余地がある。

自分に近い人、自分の業務と関連性が深い人ほど、慣れ親しんだやり方の変更を伴うアイデアには強く反対する。ということは、裏を返せば、自分から遠い人、自分の業務との関連性が薄い人の中から熱心な支持者が現れた場合には、そのアイデアには見込みがあると言えるかもしれない。関係が希薄な人というのは、新しいアイデアを示されても、所詮自分にはさほど影響がないからという理由で、明確な態度を示さないものである。その中でも新しいアイデアに強く反応する人がいるということは、アイデアが爆発的な魅力を秘めている可能性がある。

社内には自分に近い人、自分の業務と関連性が深い人が2割、中程度の距離感を保っている人が6割、自分から遠い人、自分の業務との関連性が薄い人が2割ほどいるとしよう。非常に感覚的な話になるが、自分に近い人、自分の業務と関連性が深い人の6~7割が強く反対すると同時に、自分から遠い人、自分の業務との関連性が薄い人の1~2割が強く賛成するアイデアこそ、実行に値するアイデアだと判断できるように思える。

通常であれば、新しいアイデアを思いついた際には、まずは身近な人に相談する。だが、それだけでは十分ではない。自分から遠い人にも積極的に話を持ちかけることが大切である。自分の業務とほとんど接点がない部門の社員、あるいは社内であまりロイヤリティやモチベーションが高くない社員の反応を観察するとよい。

さらに言うと、イノベーションの成否を最終的に決定するのは市場であるから、市場の反応も見なければならない。先ほどの割合の話を敷衍すれば、次のように言える。つまり、自社と関係が深い上位2割の顧客の6~7割が強く反対する(「そんなものはいらない」と言う)と同時に、自社と関係が浅い下位2割の顧客の1~2割が強く賛成する(「それだったらほしい」と言う)アイデアは、新しい市場を切り開くかもしれない。

社員や顧客が新しいアイデアに対して投票し、発案者や自社との関係性の深さに応じて賛成、反対の割合を算出できるプラットフォームがあれば、質のよさそうなアイデアをスクリーニングするのに役立ちそうである。とはいえ、取りかかりの段階で質のよいアイデアに目星をつけることに成功したとしても、そのアイデアを最後まで具体化できるとは限らない。途中で予期せぬ出来事や様々な障害に直面することがある。ここでも、粘り強さという資質が裏目に出ないようにするには、損切りの技術が要求される。これが第三のカギである。

具体的には、「いつまでに何が達成できなければ潔く中止する」という撤退基準を定める。例えば、ある年度末までに、新製品・サービスの品質が一定の基準に達しなければ、仕入先から一定の調達量を確保することができなければ、販売チャネルを一定社数ネットワーク化できなければ、プロモーションが一定のリーチ数に達しなければ、顧客数を一定数獲得することができなければ、一定の利益を計上することができなければ、埋没費用にとらわれずに諦める。負けることは悔しいことであるが、負けをなかなか認められずに損失を膨らまし、後で大負けすることはもっと悔しい。上手に負けることも時には必要である。

イノベーションに成功した経営者は、「成功するまで続けたから成功した」と言う。だがこの言葉には注意しなければならない。成功したイノベーションが成功するまで続けられたのは当然である。成功するまで続けずに成功したイノベーションなど存在しない。よって、「成功するまで続けたから成功した」という言葉は、実は何も語っていないのである。どんな人でも100戦100勝などない。必ず失敗がつきものである。むしろ失敗の方が多い。大切なのは、早く失敗して切り上げ、限られたリソースを成功の見込みが高いアイデアに振り向け直すことである。