『一橋ビジネスレビュー』2018年WIN.66巻3号『「新しい営業」の科学』―KGIは売上高でも利益でもなく顧客満足度ではないか?(1/2)

『一橋ビジネスレビュー』2018年WIN.66巻3号『「新しい営業」の科学』―KGIは売上高でも利益でもなく顧客満足度ではないか?(1/2)


 本号では、営業コンサルティングや営業研修サービスを提供しているソフトブレーン・サービス株式会社が2本の論文を寄稿している。同社に限ったことではないが、コンサルティング会社も競争社会に生きているため、そうそう簡単には手の内を明かさない。同社が論文で紹介しているコンサルティング技法は、至ってシンプルなものである。

 まず、営業プロセスを標準化する。例えば、「①初回面談⇒②提案(プレゼンテーション)⇒③見積もり提出⇒④受注」(野部剛、小松弘明、生稲史彦「現場から見た日本企業の営業」)といった具合だ(同社の論文ではないものの、山城慶晃「営業活動における組織能力向上」では、「案件⇒商談⇒デモ⇒見積もり⇒受注」という標準プロセスが提示されている)。もちろん、これは読者にとって解りやすくするための例であり、実際には顧客企業の実態に合わせる。

 そして、①から②へ、②から③へ、③から④へ至る件数の割合の理想値を設定すれば、目標とする受注額(売上高)と平均受注単価から逆算して、受注件数、見積もり提出件数、提案件数、初回面談件数の理想値を決定できる。実績値が理想値と乖離している場合には、その原因を分析するか、そもそも理想値が誤っているのかを検討する。同じような考え方は、旧ブログの記事「プロセスKPIを設定するための5つの視点」で示したことがある。

 ただし、同社の論文を読んだり昔の私の記事を読み返したりしてみると、フォーカスが営業担当者のみに当てられている印象がある。

 日本の「営業」に相当する英語は存在しない。あえていえば”sales”や”selling”ということになるだろうが、これらは「販売」を意味するにすぎない。木下・佐藤(2016)によれば、「営業」は、販売活動に限られるものではなく、マーケティング活動、さらには、所属企業内と顧客企業内の関係部署およびその先の顧客との調整を通じて、多くの顧客価値を共創し、その価値を社内外で共有するといったことまで含むのだという。 (稲水伸行、佐藤秀典「セールス研究の現状と営業研究の課題」)

 営業担当者は企業と顧客の結節点で、企業の代表として、また、顧客の代理人として資源統合の指揮をとる。顧客は内生的な存在であり、さらにいえば協働のパートナーである。営業担当者の基本的な目標は、社内ネットワークを中心とする供給ネットワーク内の資源と顧客ネットワーク内の資源、あるいは公的な資源(公共財など)を特定、動員、転換することで、顧客がそうした資源にスムーズにアクセスし、自らの文脈のなかでうまく統合できるよう導くことである。とりわけ社内ネットワークにおけるアクター(社内アクター)は、こうしたプロセスで重要な役割を果たす。 (小菅竜介「価値共創型営業への道筋」)

 営業活動は営業担当者が単独で進められるものではない。社内外の様々な利害関係者が関与する。引用文の最後で強調されているように、特に社内アクターとの協業がカギであって、社内協業を通じて顧客内の多様なアクターとも擦り合わせを行い、価値を共創するのが望ましい。最も身近な社内アクターは、営業担当者の上司である。上司には、部下が作成した提案書をチェックする、見積書を承認する、クロージングに同席して決裁者と交渉するなどの役割が期待される。それ以外の社内アクターとしては、マーケティング部門、開発部門、技術部門、製造部門などが挙げられる。製品・サービスのコンセプトや機能・効果を説明する、納期・在庫や製造ラインの調整をするといった局面で、これらの部門との協業が欠かせない。

 営業担当者には、いわゆるコミュニケーション能力やプレゼンテーション能力、交渉力以外に、社内調整力とでも呼ぶべき能力が求められる。私は昔、ある企業の法人営業部門から、「新しい営業スタイルを浸透させ、営業担当者が新たに習得すべき能力のレベルを評価する方法を考えてほしい」という依頼を受けたことがある。クライアントが考案した新しい営業スタイルは、従来の営業スタイルとはかなり異なるものであり、本社や技術部門の支援なしには完遂することが難しそうであった。クライアントと色々と議論を重ねた結果、いくつかの営業スキルに加えて、「コーディネート力」という評価項目を強調することになった。

 クライアントは、トップ営業担当者から順番に新しい営業スタイルの浸透を試みた。同社のトップ営業担当者は非常に素晴らしい方々だったので、新しい営業スタイルをすぐに理解して柔軟に社内資源を活用することができた。それ以外の営業担当者に関しては、新しい営業スタイルを体得してもらうため、最初は自分で一通りのプロセスを実施してもらった。しかし、将来的に新しい営業スタイルで多くの商談を進めるならば、どうしても一定のサポート体制が必要になる。そのため、本来は営業担当者の上司や本社、技術部門なども巻き込んで、現場を支える組織のあり方を検討すべきだったのだが、当時の私はそこまで踏み込めなかった。

 別のあるクライアントでは、製品の売上高もさることながら、販売後のアフターサービスが重要な収益源となっていた。アフターサービスでは、納入先からの要望に応じて保守や修理を行う場合と、納入先の製品の稼働状況をモニタリングし(と言っても、その頃はまだIoTがなかったため、営業担当者が納入先を訪問して稼働状況をヒアリングしていた)、保守が必要なタイミングを見計らって営業担当者側から納入先に働きかける場合とがある。保守や修理がいつ発生するか予測することは難しく、その時が来たらすぐさま営業担当者はサポート部門の要員やパーツ在庫を抱える工場と調整をしなければならない。だが、私がプロジェクトにいた頃は、私を含むメンバーが製品の販売プロセスの改善に注力しており、アフターサービスの組織体制の検討はおろか、アフターサービスの標準プロセスの確立すら後回しになっていた。

 ただし、ここまで書いておいて思うことは、果たして営業プロセスを標準化し、さらに組織を体系立てることにどれほどの意味があるのかということである。本号は、ややもすると現場の経験と勘に頼りがちな営業活動を科学的に可視化することを目的としている。ところが、稲水伸行、佐藤秀典「セールス研究の現状と営業研究の課題」は、優れた営業担当者は「適応型販売行動(adaptive selling behaviors)」を取っていると指摘する。つまり、営業活動の形式知化を目指す一方で、依然として暗黙知の領域を黙認しているのである。

 本号でソフトブレーン・サービス株式会社が紹介している手法や私の旧ブログ記事の視点は、営業担当者が皆同じ価格の同じ製品を担当するケースを念頭に置いている。同一価格の同一製品を販売していれば、標準的な営業プロセスを想定し、目標受注額から逆算してプロセスKPIを設定することが可能である。また、営業プロセスが標準化されていれば、目標を達成するための活動量を算出することができ、そのうち支援を要する部分を切り出して、サポート体制を明確に固められる。しかし、製品数が極度に限定されたベンチャー企業ならばともかく、多くの企業では同じ営業担当者が価格帯の異なる複数の製品を担当しているだろう。

 この場合、目標(KGI:Key Goal Indicator)を売上高に設定すると、当然のことではあるが営業担当者は価格が高い製品を優先的に販売しようとする。しかし、顧客はその高い製品を本当に求めているとは限らない。小菅竜介「価値共創型営業への道筋」では、自動車ディーラーの営業担当者の事例が紹介されている。当該ディーラーでは、顧客が車検を依頼してきた時に、顧客の言う通りに車検に回しており、新車乗り換えの潜在ニーズを取り逃していたと指摘されている。ということは、逆に言えば、新車乗り換えを検討して来店した顧客が、本当は車検で済んだ方がありがたいと思っていることもあり得る。顧客の潜在ニーズはまさしくケースバイケースであり、営業担当者の役割はそのケースバイケースを的確にとらえることにある。

 私は、営業担当者が多種多様な製品を取り扱う場合には、売上高や利益ではなく、顧客満足度をKGIとして設定した方がよいのではないかと考える。稲水伸行、佐藤秀典「セールス研究の現状と営業研究の課題」では、顧客志向が強い営業担当者はパフォーマンスが高いとされている。顧客志向が高ければパフォーマンスは自ずとついてくるわけだから、KGIとしては、顧客志向の強さの表れとしての顧客満足度を用いるのが適切であるように感じる。顧客満足度をKGIにすると、KPIは顧客満足度につながる営業担当者の行動を測定するものとなる。以下はその一例である。営業担当者が多種多様な製品を担当し、さらに顧客へのフォローが次の商談につながり得る重要性を持っているような法人営業を想定している。

20190215_営業プロセスと顧客満足度

 【検討の段階】
 顧客企業がある製品の導入を検討している時、営業担当者から検討に役立つ情報を提供してもらえると、「この営業担当者は我が社のことをよく解っている」と感じる。既存顧客の場合は、前回購入後の継続的なフォローを通じて収集した情報に基づいて、製品の切り替えニーズや新たな課題を発見し、能動的に提案を持ちかける。もちろん、顧客企業からの引合に適切に対応しても顧客満足度は上がる。しかし、顧客企業から「これがほしい」と言われる前に営業担当者が顧客企業の心を読むことができれば、顧客満足度はより高くなるに違いない。

 新規顧客に関しては、上記の例では、ある製品の導入セミナーを開催し、参加者に対して後日フォローの電話を差し上げるケースを想定している。「もう少し製品のことを詳しく説明したいのですが?」といった紋切り型のアプローチでは、アポイントの獲得は難しい。早く電話でフォローしても、電話の内容が浅ければ拙速としか見なされない。様々な業界の企業が参加したセミナーであれば、電話をかける前に簡単でもよいから各企業を取り巻く市場の状況を把握し、「市場の変化に伴って御社にはこのような課題が現れる可能性があります」などと切り込むと、相手は「我が社のことを考えてくれている営業担当者だ」と感じるだろう。

 【商談の段階】
 今時、自社製品の説明だけで乗り切ろうとする営業担当者はあまりいないはずだ。取っかかりとして製品説明から入るとしても、それをフックに顧客企業の事情を詳しく聞き出し、顧客企業のニーズと自社製品の効果を結びつけていく。何回にも及ぶ商談の中で、前もって顧客企業の情報を分析して商談に臨む回数を増やし、ニーズと効果の組み合わせの精度を上げていく。すると、顧客企業は「その製品は我が社にとってメリットがありそうだ」と期待を抱く。

 顧客企業は、自社のビジネス上のニーズを満たすことを最優先する。しかし、時には担当者、さらにはその案件に対して影響力を持つ人、そして最終的に決裁を下す人の個人的なニーズが案件の行方を左右することもある。担当者は、もっと気軽に様々なことを相談できる外部の関係者を探しているかもしれない。影響者は、担当者の都合で新製品を購入した結果、自分の責任がかえって重たくなることを恐れているかもしれない。決裁者は、今回の製品導入を成功させることで、役員に対するアピール材料にしたいと目論んでいるかもしれない。

 担当者の個人的ニーズは商談の中でつかめる可能性があるものの、影響者や決裁者の個人的ニーズはその人たちに直接会わないと理解できない。商談の早い段階で影響者や決裁者を見定めて関係を構築しておくと(私が知っているある企業では、この行為を「顧客企業の金的をつかむ」と表現していた)、営業担当者はその後の商談が進めやすくなるし、顧客企業の関係者たちは「我が社の表も裏も理解してくれている」と評価してくれる。

 【デモ】
 通り一遍の機能説明では顧客企業が満足しないのは明らかである。商談の段階で顧客企業の個別ニーズをつぶさに把握しているならば、この段階での画一的なデモは顧客企業の失望を買う。製品に様々な機能、性能、効果があるとしても、その顧客企業に対してはどの機能、性能、効果を強調し、さらに聞き手の心に突き刺さるようにどんな説明をするべきか、事前に入念な作戦を練らなければならない。営業担当者自身がデモを行う場合は説明の仕方を柔軟に変更しやすい。一方、製品開発担当者や技術担当者などがデモを行うケースでは、顧客企業のニーズを把握しないまま単調な説明をする恐れがあるため、注意が必要となる。

 自社製品の説明をするだけでなく、他社製品に対する優位性を強調することも大切である。自社が競合だと考えている企業ではなく、顧客企業から見て自社と競合する企業と比較しなければならない。例えば、自社がITベンダーで、顧客企業が工場の生産性向上を目的としてITを導入しようとしている場合、顧客企業が新しい機械設備の導入という選択肢も同時に持っているならば、その商談における競合とは他のITベンダーと機械設備メーカーになる。

 【価格交渉】
 営業担当者が価格を簡単に下げれば顧客企業は満足すると思われがちだが、話はそれほど単純ではない。アメリカの自動車ディーラをめぐる実験では、営業担当者が2万ドルの新車をすぐに1万7千ドルに値下げした場合よりも、顧客が営業担当者と交渉して1万8千ドルで購入した方が顧客満足度が高かったという。交渉のプロセスで顧客企業が営業担当者とキャッチボールを繰り返し、費用対効果がありそうだと十分に理解できれば満足してもらえる。

 顧客企業は予算内で製品を購入したいと考えているものの、往々にして見積額は予算をオーバーするものである。予算オーバーでも費用対効果がもっと高ければ購入してくれるとは限らない。顧客企業の担当者は、予算超過という一点をもって、社内で稟議を通せないのではないかと不安になる。営業担当者は、金銭的な価値だけではなく、例えば社員満足度が上がる、仕入先に対する信用が強まる、ビジネスリスクが抑えられるなど、金額以外の定量的・定性的効果を訴求すると、顧客企業内で稟議書を回してもらえる確率が上がる。

 ここで、予算内に抑えようと安易に価格を下げるのは禁じ手である。顧客企業は「この会社は我が社の言う通りに値下げしてくれる」と思い、次回以降も「もっと安くせよ」と要求してくる。そして、その要求に応えられなければ、製品がどんなに優れていても、ただちに満足度が下がる。厄介なことに、満足度は低いのに安く買えるというだけの理由で、顧客企業は取引を継続しようとする。こうなると、顧客企業と一緒に泥船に乗っているようなものだ。

 (続く)