事業承継後、新規事業で成功したというのは美談

事業承継後、新規事業で成功したというのは美談
 

中小企業の事業承継はピンチ

経済産業省・中小企業庁は、事業承継問題をこのまま放置すると、2025年頃までの10年間累計で約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われる可能性があると試算している。国は「特例承継計画」の策定を推奨し、同計画を作成した企業には「事業承継税制」を用意している。事業承継税制の対象は、2019年度から個人事業主にも拡大された。

一昔前に、あるコンサルタントから、「経営者は50代のうちに次の経営者にバトンタッチすべきだ」と聞いたことがある。確かに、『中小企業白書2019年度版』を読むと、早い段階で若い世代の人に事業承継した方が、その後のパフォーマンスがよいという調査結果が出ている。また、吉岡行雄『社員を活かす社長、殺す社長―中小企業の人材採用・定着・活性化の秘訣』(産能大学出版部、1992年)に登場するある金属流通加工業の社長は、「バトンタッチの数年前から(事業承継を)考えるのでは遅い。代表者に就任した時から考えるべき」と主張している(同書はバブル崩壊後の1992年に出版された本だが、この時期から既に事業承継を中小企業の課題として取り上げている点で興味深い)。とすれば、この23年で経営者の年齢の山が47歳から69歳へと移行し、事業承継に要した期間が1年未満という企業が半数以上に上る現状は、由々しき事態である。


業績が好調で、若い後継者の目途が立っていれば、前ブログの記事「【事業承継の方法】中小企業が事業承継をする9つのステップ」で述べたように、順序立てて事業承継を行うことが可能であろう。しかし、日本企業の約7割が赤字という現状と、先ほどの中小企業白書のデータを合わせて考えると、経営に苦しんでいる企業が、社長の病気や死亡など突然の理由によって、急遽次の社長にバトンタッチしたというケースが多いのではないかと推測する。

そして、経営が下り坂で、かつ後継者を見つけることができなかった企業は、廃業という道を選択するのだろう。最近は親族外承継が増えており、M&Aによる事業承継も推奨されているようだが、買収されるほどの価値や魅力がある企業であれば、(承継に伴う資金調達という問題を別にすると)身近なところで後継者を見つけられる可能性が高いはずである。それに、M&Aをすればよいという風潮は、一般的にM&Aの成功率が非常に低いという現実を無視している。よって、「親族内承継ができないのならば、M&Aを含めた親族外承継を検討した方がよい」という順番の考え方には、個人的には違和感を覚える。

事業承継で新規事業に進出することのリスク

よく、赤字企業、さらに多額の負債を抱えている企業が新規事業に進出して苦境から脱したという事例が紹介される。私はこれも美談にすぎないと感じる。ドラマ性があった方が読み手の受けがよいという理由で選ばれた限定的な事例である。実際には、新規事業に進出して成功した企業よりも、新規事業に進出して失敗した企業の方が多いだろう。経営が行き詰まっている時に、しかも、突然社長に据えられた人間が新規事業に着手するのは、博打以外の何物でもない

逆説的だが、企業が新規事業に打って出ることができるのは、既存事業が上手く行っている時である。成長カーブがピークをちょっと過ぎた段階で次の事業の種をまく。成長カーブがやや下り坂に差しかかったステージというのは、事業の目標が売上拡大から利益の確保へと転換する時期であり、ここで獲得した利益を使って新規事業へ投資する。もちろん、既存事業が上手く行っているのに、なぜ新規事業を立ち上げなければならないのかと社員が保守的になることもある。だが、既存事業がどうしようもなく衰退してから次の事業に着手するよりは容易であることは想像に難くない。『組織を変える〈常識〉-適応モデルで診断する』(中公新書、2014年)の著者・遠田雄志氏は、「大きな相撲は土俵の中央でこそとれる」と述べている。


大企業の事例を読んでいると、土俵際に追い詰められた状態から、起死回生の新規事業を展開したという話が出てくることがある。急速に縮小するフィルム市場に直面した富士フィルムが医療分野へとシフトしたのがその好例である。ジョン・コッタ―の「変革の8ステップ」などを見ても、社内に強い危機感を醸成し、厳選されたチームが新しいビジョンを掲げて障害を乗り越えていけば、大胆な変革を成就させることが可能なようにも思えてくる。

しかし、コッタ―の研究は大企業が対象であることを忘れてはならない。大企業が時にあっと驚く事業転換をすることができるのは、余剰人員・資源(いわゆる組織スラック)があるからである。遊んでいる人員を新しい事業へと振り向ける。当然のことながら、新規事業に肌が合わない社員は企業を去る。しかし、多少の社員がいなくなっても、まだ十分な人員が揃っている。これが大企業の強みである。慢性的に人材不足の状態にある中小企業が、成功するかどうかも解らない新規事業に人員を割けば、既存の仕事が回らなくなり、より一層赤字が拡大する恐れが高い

やるべきことは早期の成果で社員の信頼を得ること

経営不振の状態で事業を引き受けた次の社長がなすべきことは、まずは止血である。そして、既存製品・サービスの売り方や売る先を変えてみる。どんな企業でも、経営者が交代する際には、社員は新しい経営者の力量がどの程度のものか、「お手並み拝見」といった目で見ている。まして突然社長になってしまった人間に対しては、社員は「この社長で本当にやっていけるのか?」と不信感さえ抱いている。だから、新しい社長はとにかく早い段階で何かしらの実績を作ることが必要である。その実績によって、社員の懐疑心は徐々に信頼へと変わっていく。

「貧乏なおじさんの飲み物」と揶揄され、売上が激減していたホッピービバレッジの石渡美奈社長は、副社長時代にホッピーに代わるお酒を造っていない。女性にターゲットを絞り、おしゃれなホッピーのイラストが描かれたトラックで街中を走り回った。父の急逝で突如社長を継ぐことになったダイヤ精機の諏訪貴子社長は、超精密加工という分野を守っている。3年かけて社内の意識改革、社員育成、生産性向上を行った。10億円の負債を抱えたまま女将となった老舗旅館陣屋の宮崎知子氏は、新しいサービスを開発していない。社内の人員整理を行い、エンジニアである夫の力を借りて、顧客情報をきめ細かく蓄積・活用できるシステムを構築した。

「事業承継補助金」は経営が順調な企業向け

経済産業省・中小企業庁は、平成30年度2次補正予算の中で、「事業承継補助金」として50億円の予算を計上している。事業承継補助金は、後継者不在などにより事業継続が困難になることが見込まれている中小企業が、経営者の交代や事業再編・事業統合を契機とした経営革新を行う場合に、その取り組みに要する経費の一部を補助する制度である。 補助金額は100万円から最高で1,200万円となっている。公募要領を読むと、以下の観点で審査が行われるという。

(1) 経営革新等に係る取組の独創性技術やノウハウ、アイディアに基づき、ターゲットと する顧客や市場にとって新たな価値を生み出す商品、サービス、又はそれらの提供方 法を有する事業を自ら編み出していること。

(2) 経営革新等に係る取組の実現可能性商品・サービスのコンセプト及びその具体化まで の手法やプロセスがより明確となっていること。事業実施に必要な人員の確保に目途 が立っていること。販売先等の事業パートナーが明確になっていること。

(3) 経営革新等に係る取組の収益性ターゲットとする顧客や市場が明確で、商品、サービ ス、又はそれらの提供方法に対するニーズを的確に捉えており、事業全体の収益性の 見通しについて、より妥当性と信頼性があること。

(4) 経営革新等に係る取組の継続性予定していた販売先が確保できないなど計画どおりに 進まない場合も事業が継続されるよう対応が考えられていること。事業実施内容と実 施スケジュールが明確になっていること。また、売上・利益計画が妥当性・信頼性が あること。

つまり、「経営革新を行っているかどうか」が審査される。中小企業経営における経営革新とは、①新商品の開発または生産、②新役務の開発または提供、③商品の新たな生産または販売の方式の導入、④役務の新たな提供の方式の導入という4つを指す。このうち、①②はリスクが高い。これまでに述べてきたように、経営が苦しい企業が事業承継時に着手すべきものではない。そのような企業は、まずは③④から取り組むべきだろう。しかも、あまり大幅な変化を伴うものではなく、比較的早期に成果が上がるような変化でなければならない。そのような小幅な取り組みは、上記の審査項目に従うと高得点を得られず、不採択になる可能性が高い。

したがって、事業承継補助金を活用できる企業は、実は非常に限られる。前回の記事でも述べたように、中小企業庁の補助金は企業を救済するためのものではない。むしろ、経営が上手く行っている企業がハイリスクな取り組みを行う際の資金を提供するリスクマネーである。事業承継補助金で言えば、本業が比較的好調であり、経営者の交代が計画的かつ順調に進められている企業が対象となる。前ブログの記事「「開業率アップ」を掲げながら創業補助金には及び腰になった中小企業庁」で、補助金の適正規模を「中小企業が費やす全事業費の1%」とざっくり計算したが、これはもう少し精緻なものにしなければならないと思い直した。

事業承継補助金の場合は、「事業承継に必要な資金の平均額」×「事業承継を検討している企業数」×「そのうち、経営が比較的順調な企業の割合」×「そのうち、経営革新に取り組む企業の割合」×「そのうち、取り組みがハイリスクであるがゆえに、民間の金融機関では融資が難しいと判断される企業の割合」×「そのうち、日本政策金融公庫の独自視点でもってしても、貸付の回収が難しいと判断される企業の割合」(※以前の記事を参照)×「そのうち、政府が政策的に支援したいと考える企業の割合」で計算されるだろう。これが50億円(1次補正予算を加えればもっと大きくなる)になるかどうかは、誰かに検証してもらいたいところだ。

リスクマネーほど審査が甘いという日本の中小企業金融の矛盾

平成24年度補正予算から始まった通称「ものづくり補助金」は、平成30年度補正予算で7年目となる。補助金の趣旨は毎年微妙に変化しているものの、大筋は「革新的な製品・サービス開発に取り組む中小企業の設備投資や試作品開発にかかる費用の一部を補助する」というものである。条件を満たせば、最大で1,000万円の補助を受けることができる。 …