【2018年反省会(17)】ヒアリングが1次情報なら吉田証言を信じた朝日新聞は正当化されてしまう

【2018年反省会(17)】ヒアリングが1次情報なら吉田証言を信じた朝日新聞は正当化されてしまう
 

【2018年反省会】記事一覧(全26回)

以前の記事「【2018年反省会(15)】うつ病・双極性障害・統合失調症の違いはグレー」で書いたように、少なくとも私にとって精神障害とは非常に曖昧な概念である。秋山剛『「はたらく」を支える!職場×双極性障害』(南山堂、2018年)には、精神科においては初診の段階で、患者の症状が脳を含む身体の疾患や薬品の作用によるものかを見るために、血液検査やCT/MRI、脳波検査を行うことが「すべての精神障害の診断で共通」と書かれていた。私はこの10年ほどの間にかなりの数のクリニックや病院に通ったが、初診でこのような検査を受けたことは皆無であり、この記述にはちょっと驚いた。ただし、他の疾患であれば当然のように行われる臨床検査も、精神疾患の場合は「主たる疾患が精神疾患以外であることを確認する」というネガティブな目的で行われるものであり、精神疾患そのものを特定するわけではない。



患者が精神障害を抱えているか否かを精神科医が判断する主たる手段はもっぱら問診、つまり「ヒアリング」である。もちろん、他の疾患も臨床検査の結果のみによって確定するわけではなく、問診と合わせて総合的に判断が下される。しかし、精神科の場合は、医師によるヒアリングがほぼ全てを握っていると言っても過言ではない。

一応、アメリカ精神医学会が様々な精神疾患を定義した『DSM-5』(精神障害の診断と統計マニュアル)というガイドラインは存在する。だが、ガイドラインの内容は非常に抽象的であり、ガイドライン通りに診断することは「操作主義的」だと批判される。もう少し具体的な診断ツールとして、うつ病の場合は「簡易抑うつ症状尺度(QIDS-J)」や「ベックうつ病尺度(BDI)」、双極性障害の場合は「MDQ」や「HCL32」などがある。とはいえ、診断結果に依存しすぎることはやはり操作主義的である。その上、これらの診断は患者が回答していくうちに、どのように回答すれば自分が精神疾患と判断されるかおおよそ想像がついてしまうため、医師は診断結果を鵜吞みにはできない。だから、精神科医はヒアリングを重視する。

一般的に、新聞や雑誌、政府の統計や調査会社などの情報は2次情報であり、自分が直接見聞きした情報は1次情報と言われる。ヒアリングで得られた情報も1次情報に含まれるとされる。私もコンサルティング業界に入ったばかりの頃は、2次情報よりも1次情報の方が強く、信頼性が高いと教えられた。前職のベンチャー企業にはマッキンゼーとアクセンチュアの出身者がいたが、アクセンチュア出身者は「マッキンゼーは市場動向や財務諸表の数字ばかりを重視している。ヒアリングをたくさん行うアクセンチュアの方が現場主義的だ」などと言っていた。しかし、今となれば、自分が直接見た情報は1次情報であっても、ヒアリング情報は2次情報だと思う。だから、マッキンゼーとアクセンチュアの勝負は、私から見ると引き分けである。

というのも、ヒアリングにおいては、相手が必ずしも正しい情報を述べるとは限らないからだ。あまり他の患者について書くのは望ましくないことを承知の上で1つ例を挙げれば、私と同部屋だった患者は、いつも朝になると看護師に対して、「深夜2時過ぎから具合が悪くてずっと起きている」と訴えていた。ところが、入院後しばらくして調子が戻った私が毎朝5時ぐらいに起きると、その患者はたいてい寝息を立てていた。ある看護師は、彼がたくさん目脂をつけていたことに気づいたので、ひょっとすると毎朝の訴えを疑問視した可能性がある。精神障害者は、自分の症状を正しく認識していないことがあるのかもしれない(私もそうかもしれない)。

私の友人の職場には、言動にやや問題があり、同僚と頻繁にトラブルを起こす人がいたという。その人が「絶対に精神科にかかって診断書をもらいたい」と言って譲らないので、責任者はやむなく許可した。後日提出された診断書を読んだ責任者は、どう考えてもその人の職場での言動と診断書の内容に齟齬があると感じたみたいだ。そこで、責任者が診断書を書いた医師に問い合わせたところ、「患者が言ったことをそのまま診断書に書いた」と返答されたそうである。その人が意図的にそうしたのか、自分の症状を十分に理解していなかったのかは不明である。これもまた、ヒアリングが事実と一致するとは限らないことを示す例であろう。

私も昔、コンサルティングで手痛い失敗をしたことがある。それは、ある製造業の設計部門の業務効率化を目的とするプロジェクトであった。私を含むメンバーは、設計部門の現場社員に次々とヒアリングを実施した。すると、現場社員は口を揃えて、「製造ラインからの手戻り対応のためにラインに出向くことが非常に多く、設計業務に集中できない」とこぼしていた。あまりに皆が同じ反応をするため、我々はてっきりそれが設計部門の主たる課題であると信じ込み、裏づけのために業務時間調査を行った。設計部門の業務をいくつかのカテゴリーに分解し、1週間の間毎日、各社員がそれぞれのカテゴリーに費やした時間をエクセルファイルに記録してもらうというものである。カテゴリーの中には「製造ラインでの作業」も入っていた。

しばしば、ホワイトカラーが本来業務を行っている時間は3割程度だと言われる(例えば、businessnetwork.jp「『ホワイトカラーの3割を機械化し、“個”の能力を最大限に引き出そう』、ブレインズテクノロジー濵中氏」〔2016年10月13日〕を参照)。よって、我々も「設計業務」は3割ぐらいで、「製造ラインでの作業」がかなりのシェアを占めると予測していた。ところが、データを集計した結果、「設計業務」が約7割で「製造ラインでの作業」は2割弱しかなかったと記憶している。この数値をどのように解釈するかは人によって違う。我々は「7割も設計業務を行っている」と思った。一方、設計部門の現場社員は、「2割弱の時間でも製造ラインに行かなければならないのであれば、本業の邪魔だ」と感じていたことになる。我々は設計部門の課題を見失って、強引に最終プレゼンへとこぎつけてしまい、社長からひどく叱られた。

精神科の話に戻ろう。以前の記事でも述べた通り、精神疾患は原因がよく解らない上に、精神疾患自体が非常にぼんやりとした病気である。よって、精神科医は患者の話を聞きながら、「おそらくこういう症状で苦しんでいるのだろう」と当たりをつける程度のことしかできない。精神科医は、患者が繰り返し述べる情報や、逆に診察のたびに食い違う情報を嚙み砕いて、患者の症状を少しずつ掘り下げていく。だから、精神科には長く通う必要がある。

情報の確度を上げるために、患者の家族から話を聞くこともある。患者が企業勤めの人であれば、前掲の著書でも挙げられているように、職場の人との「合同面談」を行うこともある。ただし、患者が述べることが必ずしも正しくないのと同様に、患者の家族や職場の人が述べることも必ずしも正しいとは限らない。よって、患者も苦しいが、精神科医も相当苦しいと思う。かき分けてもかき分けても一向に晴れない霧の中を、どうにか道が見つかるようにと願いながら、慎重に、時に身体の向きを変えて、恐る恐る足を前へ運ぶようなものである。

「だからヒアリングのような2次情報は価値がない」と言いたいのではない。むしろ、2次情報こそ重視すべきだと考える。いや、それどころか、2次情報しか重視しようがないと言ってもよい。元外交官の佐藤優氏は池上彰氏との対談で、「インテリジェンスの9割は公知情報によるものであり、残り1割は人から聞いた情報による」と述べていた。



外国に赴任した新米外交官の毎日の仕事は、その国の朝刊を翻訳して日本の外務省に送ることらしい。新聞以外にも、政府刊行物、テレビ番組、書籍、雑誌など、その国で流通しているありとあらゆる情報を外務省は収集する。それら大量の2次情報の関連性や矛盾を紐解きながら、相手国の政治動向を読み取っていく。これが9割であり、時々相手国の重要人物から得られる情報が分析の精度を上げる。ただ、ヒアリング情報はあくまでも2次情報である。よって、佐藤優氏は、インテリジェンスは100%2次情報に依拠していると言っているに等しい。

1次情報を得るには、政治の現場に居合わせる必要がある。しかし、外交官がその国の議会に参加することなど不可能であり、1次情報を入手しようがない。国交がある相手国ですらこんな具合だから、国交がない相手国となると、いよいよ2次情報だけが頼りである。

アメリカのような大国はインテリジェンスに長けているので、国交がない北朝鮮のことも相当程度深く把握している。北朝鮮から直接得られる情報は限定的であっても、北朝鮮のバックにいる中国やロシア、あるいは北朝鮮と国交があるマレーシア、イラン、シリアなどの小国に人を派遣し、関係者と接触させる。一方、政治学者の中西輝政氏が指摘するように、インテリジェンス能力が不足している日本は、北朝鮮に関する情報収集が非常に中途半端である。そして、「北朝鮮のことを直接生で見ていないから、実態がつかめない」と言い訳をしてしまう。

三現主義という言葉があるように、日本人は自分が生で見た情報を非常に重視する傾向がある。以前の記事「【現代アメリカ企業戦略論(補論)】日本とアメリカの企業戦略比較」でも、日本企業は1次情報を丁寧に拾い上げることに強みがあると書いたものの、これは容易に弱みに転じる恐れがあると反省した。実は、三現主義を唱えているトヨタも、厳密に言うと三現主義ではないと感じる。トヨタと言えば、製造ラインに「アンドン」があり、現場社員が何か問題を感じた時はアンドンで知らせると、周りの社員が集まってきて、問題の箇所を見ながらあれこれと議論して問題を解決するというイメージが強い(私もそうであった)。しかし、トヨタのOBが集まる株式会社OJTソリューションズの書籍『トヨタの問題解決』を読むと、違う現実が垣間見える。

トヨタの問題解決
(株)OJTソリューションズ
KADOKAWA/中経出版
2014-05-15



トヨタは「視(見)える化」が得意なことでも知られる。トヨタの製造ラインには、不良品の数、在庫の滞留度合い、現場社員の作業時間など、様々なデータが集計表示されている。管理者はそのデータを見ながら、製造ラインのどこに問題が生じていそうなのか当たりをつける。問題と思しき箇所を発見したら、関係者を集めてその場所を実際に観察し、真の原因=「真因」を見抜く。つまり、2次情報から入って1次情報へと進むのがトヨタのやり方である。

考えてみれば当たり前のことで、トヨタほどの大工場でいちいち各社員が現場を観察して回っていたら、どれだけ時間があっても足りない。そこで、現場の実態が見えるように情報を収集する仕組みが作られている。その情報は現実を忠実に反映するように設計されているとしても、現実を情報に転換し、さらにその情報を集計する過程で誰かの意図が入っているから、2次情報である。その2次情報が、トヨタにおける問題解決の出発点となっている。

粉飾会計に揺れる東芝で、三井住友銀行副頭取であった車谷暢昭氏が新しい会長に就いた。東芝が外部からトップを迎えるのは3度目である。1人目は、1949年に社長に就任した石坂泰三である。当時の東芝は生産現場が荒れ放題であり、深刻な労使対立が生じていた。石坂は社長就任が決まると、単身でふらりと組合の本部に現れ、「近く社長になる石坂です」と挨拶し、労組幹部の度肝を抜いた。石坂は「会社が潰れては元も子もない」と、荒れ狂う労組を抑え込み6,000人の人員削減を断行する。一方で、残った従業員の待遇改善には心を砕き、労働協定を結んだ時には「ぼくは諸君に英雄にさせてもらった」と組合員に頭を下げた。

2人目は、1965年に社長に就任した土光敏夫だ。石坂の後を継いだ岩下文雄の下で、東芝の業績は再び悪化する。三井銀行などに「なんとかしてくれ」と頼まれた石坂が東芝に送り込んだのが、自身が相談役を務めていた石川島播磨重工業の社長である土光敏夫であった。土光は開口一番、弛緩していた社員に向かってこう言った。「諸君にはこれから3倍働いてもらう。役員は10倍働け。俺はそれ以上に働く」。土光は70歳になろうとしていたが、言葉通り夜行列車で全国30カ所以上の工場、支社、事業所を回った。多くの現場はこれまで社長が訪れたことがなく、従業員たちは「オヤジ、オヤジ」と土光を慕い、業績は回復に向かった。

石坂も土光も、いかにも日本人が好きそうな、典型的な現場主義の社長である。他方、車谷氏は各事業部から上がってくる事業計画の数字だけをチェックし、あれがダメだ、やり直してこいと言うばかりで、銀行員体質が抜けきっていないと批判される。しかし、石坂・土光の時代の東芝と、現在の東芝では企業規模も事業構造も全く異なる。車谷氏のやり方の真偽は私には解らないし、仮に批判されている通りのやり方をしているならば、もっと上手いやり方があるだろうにとは思うものの、車谷氏に石坂・土光と同じ現場主義を求めるのは酷である。東芝の再建は、東芝が内外の情報を幅広く収集して車谷氏に集約する仕組みを構築できるか、そして車谷氏がその仕組みから真実を見抜く力を持っているかにかかっているように感じる。

アメリカで一時期、MBWA(Management by Walking Around:歩き回る経営)という言葉が出回った。インテリジェンスに長けているアメリカは、企業経営もインテリジェンス重視である。つまり、市場や現場の情報を集約して様々なKPIに落とし込み、経営者はその数値を見ながら意思決定を行う。経営者のデスクには、飛行機のパイロットがチェックする数値と同じくらい多種多様なデータが表示されているという意味で、「コックピット経営」と呼ばれる。

だが、現場重視の日本企業に倣って、経営陣はもっと現場を見た方がよいという意識から、MBWAが提唱された。確かに、経営陣が顧客や現場社員と接触することには意味がある。とはいえ、MBWAの真の目的は、顧客の生のニーズや製品・サービスの生の品質を知ることよりも、社員との距離感を縮めることにあるように思える。MBWAの代表とされるサウスウェスト航空の事例を読むと、CEOが現場社員と抱擁するシーンが登場する。これなどはまさに、MBWAの主たる目的が後者であることをうかがわせる。アメリカ企業は依然として2次情報重視であり、MBWAなどで副次的に得られる1次情報を加えて大胆な判断を行う。このスタイルで行われる経営のスピードは非常に速い。日本企業がアメリカのグローバル企業と互角に戦うには、アメリカ企業の経営スタイルに学ぶところがあるのではないかと考える。

中国との付き合い方はベトナムに学べ (SB新書)
中村 繁夫
SBクリエイティブ
2015-07-16



入院中に外出許可をもらって図書館から借りた本の中に、『中国との付き合い方はベトナムに学べ』という1冊があった。著者の中村繁夫氏は世界各国を回ってビジネスを展開した方であり、現地の人たちとの人脈構築に非常に長けているとの印象を持った。一方で、著者が「現地のことは現地の人に聞かないと絶対に解らない。本やインターネットで得た情報は役に立たない」といった趣旨のことを書いていたのには疑問を抱いた。というのも、別の箇所では、「現地の理解を深めるには、その国の文化や歴史、伝統などを知る必要がある」とあったためだ。

外国の歴史は、それこそ書籍などで勉強するしかない。その国の人から聞いても断片的にしか理解できない(日本人だって、外国人から日本の歴史を教えてくれと言われても、あまり答えられない)。まして、現地の人をじっと観察しただけでは、その国の歴史などまず見えてこないだろう。著者は、ヒアリングが大事と言いながらも、2次情報が土台であることを認めている。さらに、私から見れば、そもそもヒアリング自体が2次情報である。加えて、非常に意地悪なことを言うと、著者が1次情報(と信じているもの)の大切さを伝えようとしても、1次情報が大切であるという情報は、書籍という形で2次情報化するしかないという矛盾をはらんでいる。

前述したかつての失敗プロジェクトにおいて、2次情報の矛盾を解明するために、1次情報を獲得したい、つまり設計部門の業務がどうなっているかを時間をかけて観察したいと社長に申し出たら、もっと大問題になっていたと思う。なぜならば、現場社員が体験している時間と同じ時間をかけないと課題を発見できないのであれば、わざわざ外部のコンサルタントに高い金を払う必要などないからだ。「それだったら社員にやらせるから帰ってくれ」と社長に言われるのがオチである。だから、我々はもっと別の2次情報を集める必要があった。

例えば、実際の設計図面、設計部門の業務マニュアル、情報システムのデータやログ、社員のノートや日報、メールの記録、各社員の過去の人事評価の結果、その他部門内や他部門とやり取りされている文書などが考えられる。もちろん、仮説もなしにやみくもに情報を集めても仕方がない。顧客企業も、理由もなく社内情報をコンサルタントに渡したくない。だから、何のために情報を使うのかは明確にしなければならない。とはいえ、あまりに”固い”仮説を立ててしまうと、収集する情報が偏る恐れがある。だから、緩い仮説で十分である。

実は、2次情報の中で最も内容が偏りやすいのがヒアリングである。聞き手が立てた仮説にとって都合のよい情報しか得られないことが往々にしてある。また、話し手が自分にとって都合のよいことしか話さないことも少なくない。前述した友人の職場における例がそれに該当する。もう1つの例として、中小企業診断士の資格取得に必要な「実務補習」を挙げることができるだろう。診断士になるためには、2次試験に合格した後、15日間の実務補習を受けなければならない。簡単に言えば、実際の中小企業診断の練習である。1社を5日間で診断し、3社の診断を終了すると、晴れて診断士として経済産業省に登録される。

ところが、薄々お気づきの方もいらっしゃるだろうが、いくら中小企業が顧客であるとはいえ、5日間で診断をするのはかなり無理がある。しかも、実務補習の場合は「全体診断」であり、戦略、財務、マーケティング、現場業務、人事など、多岐にわたる報告書を作成することになる。5日間の大半は報告書の執筆に費やされる。インプットとなるのは、1日目に行われる社長へのヒアリングがほとんどである。財務諸表は提供されるものの、はっきり言って、財務分析の結果を他分野の課題と関連づけて考察するところまでは手が回らない。

だから、下手をすると、社長がおっしゃったことを単にまとめただけの報告書になってしまう。私もその失敗を一度やらかしたことがある。5日目に社長への最終報告が終わった後、社長からは「私が普段考えていることを上手くまとめてくれた」という言葉をいただいた。社長は満足してくれたのかもしれない。しかし、コンサルティングの報告書としては全くの駄作である。ヒアリング情報を追認しただけで価値が生じるのであれば、吉田清治の慰安婦証言を信じて世界中に大々的に”誤報”を流した朝日新聞は、後に謝罪する必要がないことになってしまう。

私は基本的にWeb上でしか新聞記事を読まないのだが、社会面になるほど当事者へのヒアリングを中心に記事が構成されていることにしばしば嫌気が差す。当事者談は読者にとって生々しく映るため、読み物としては面白い。しかし、インパクトの強さゆえに、それがあたかも世の中の出来事の大半を占めているかのような錯覚をもたらす。実際には、ヒアリング以外の2次情報と合わせて複合的に事象を掘り下げていくことが、事実に迫るメディアの役割である。

一般的に、1次情報として高い価値を認められているヒアリング情報は、私の中では2次情報のうち、どちらかと言うとかなり使い勝手が悪い情報に位置づけられている。文書のような情報と違って、取得するのに時間がかかるし、前述のように、聞き手と話し手の余計なノイズが混じる可能性が高い。とはいえ、診断士として中小企業のコンサルティングに携わっていると、大企業を顧客とするコンサルティングに比べて、例えば顧客の購買履歴情報などのように、比較的容易に入手することができ、かつ分析にかけやすい2次情報を得ることが難しいと感じる。そのため、余計に社長や現場社員へのヒアリングに依存してしまう。

私の大先輩にあたる診断士は、(別表も含めて)財務諸表を提出しない中小企業とは仕事をしないとおっしゃっていた。財務諸表は中小企業から入手しやすい2次情報の1つである。ただし、中小企業は意図的か意図的でないかを問わず、財務諸表を粉飾していることが多い。粉飾されている部分を取り除いて財務諸表を綺麗にし、その財務分析の結果とヒアリング情報を突き合せれば、ヒアリング情報だけで判断するよりもずっと深く切り込むことができる。そこに、現場の観察から得られる1次情報が加えると、仕事のレベルが一気に上がる。

ただし、中には財務諸表を見せたがらない中小企業もあることは確かである。私は先輩診断士のように、財務諸表の非開示だけを理由に仕事を断るほどの勇気はない。非開示の理由を深く尋ねることもない。結果的に、ヒアリング情報が中心となる案件は存在する。その場合は、ちょうど精神科医が患者の病状を把握するのに何度も診察を行い時間をかけるのと同様に、私のコンサルティング期間も通常より長くなることをご了承いただきたいと思う。

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