平成30年度補正ものづくり補助金をめぐる7つの論点

平成30年度補正ものづくり補助金をめぐる7つの論点
 

 以下、ものづくり補助金に関する私見を述べる。

代行業者丸投げというやる気のなさ

 ①平成24年度の補正予算から始まったものづくり補助金は、今回で7回目を迎える。年を経るごとに、「申請代行業者」なるものが増えているように思える。実際、「ものづくり補助金」で検索すると、代行業者の広告が表示される。

ものづくり補助金_検索結果



 ものづくり補助金の補助限度額は1,000万円であり、中小企業にとっては非常に大きな額である。一般に補助金とは、借入金、自己資金に加えて第三の資金調達手段であると言われる。しかし、1,000万円の資金調達を第三者に代行させる、言い換えれば丸投げする中小企業の経営者の心構えは、私にはちょっと理解できない。金融機関に1,000万円の借入を申し込む際に、融資申込書や事業計画、返済計画の作成を業者にぶん投げることはないと思う。第三者の支援を仰ぐことはあっても、基本的には経営者が自力で書くはずだ。

 金融機関から借り入れると、経営者が返済の責任を負うので必死になって書類を作成するのだという意見もあるだろう。確かに、補助金は借入金と違って、原則として返済しなくてよい(実際には、「収益納付」という制度がある)。しかし、返済しなくてもよい資金の方が、その資金の必要性をめぐり、はるかに納得感のあるストーリーを要求するのではなかろうか。

 非営利団体の運営は、第三者からの寄付によって賄われる。非営利団体の代表者は、なぜ自分の団体が資金を必要とするのか、その資金を何に使うのか、どのような成果を実現したいのか、その成果は社会的にどんな価値があるのかについて、大多数の人たちから門前払いを受けながら、それでもなお食い下がって説明して回っている。寄付する側とすれば、見返りのない資金援助をするわけだから、自分が寄付する意義について相応の説明を求めるのは当然である。子どもですら、親にお小遣いをお願いする時は、親から「何に使うのか?」と聞かれる。その問いに自分で答えられない子どもには、親はお小遣いを与えない。

 一方、ものづくり補助金の場合は、公募要領の中で懇切丁寧に「審査項目」が列挙されている。意外にも補助金事業の事務局を務めることが多い電通の担当者は、「補助金の申請は、ある程度正解が決まっている答案用紙を書くようなものだ」と言ったことがある。彼の言葉遣いには語弊があるが、実質的にはその通りだと思う。審査項目通りに書けば、予算の都合はあるものの、採択される可能性は高い。判断基準が見えない寄付候補者や親を相手にするよりもはるかに楽である。そういう補助金の申請を丸投げすることには問題があると感じる。

 以前、ものづくり補助金の事務局員を務めた方からこんな話を聞いたことがある。「年々、採択事業者の質が下がっている。特に、コンサルタントを入れて採択された事業者は、その後の事務処理ができない傾向が強い」。以前も書いたように、補助金の交付決定後に待っているのは事務処理の塊である。必要な証憑類が揃わないと、補助金が支払われない。と言っても、普通だったら1枚や2枚なくなっても支障がない書類を、1点の漏れもなく保存しなければならない、経費の明細書を事務局のフォーマットに従って追加で作成しなければならないという程度である。それができないということは、会計処理の基盤ができていないことを意味する。そのような企業になぜ国税を投入しなければならないのかと、私は疑問であった。

仕事量を過大評価した成果報酬

 ②申請を代行する業者の姿勢にも問題がある。以前から、申請書や認定支援機関確認書の作成費と称して、中小企業に対して不当な報酬を請求する業者が存在することは中小企業庁も把握していた。そこで、2013年11月に「認定経営革新等支援機関による不適切な行為の防止について」という文書を公表している。多くの業者は、申請書の作成費について、成功報酬型のプランを提示している。例えば、補助金に採択されたら、採択金額の一部を手数料として請求する。そのパーセンテージは業者によってばらつきがあるものの、私が知る限りは概ね7~10%が多い。仮に1,000万円の補助金から10%の手数料を取れば100万円になる。

 コンサルティングで100万円分の仕事となると、かなりの仕事量である。申請代行を行っているのは中小企業診断士ばかりではないが、診断士に関しては、(一社)中小企業診断協会が毎年診断士に配布する「診断手帳」に標準報酬額が記載されている。経営指導は1日あたり11.0万円だ。この金額は、協会がこの金額にせよと規定しているものではなく、民間でコンサルティング業務を行っている診断士へのアンケート結果から計算したものである。私の感覚で言うと、申請書の作成で100万円をいただくには、丸9日間は仕事をしなければならない。この仕事量は、診断士の業務に限らず、私が以前に勤めていたコンサルティング会社でもほぼ同じであった。果たして、業者が1社あたり丸9日の日数を費やしているかは不明である。

東京都に比べて甘すぎる「革新性」の基準

 ③私は時々、補助金が何のために存在するのか解らなくなることがある。資金が潤沢にある企業は自己資金を投資すればよいし、資金は十分でなくても収益化の見込みが高い企業は金融機関から借り入れをすればよい。以前、「補助金にふさわしいと思う中小企業の3条件」という記事で、補助金を交付すべき企業の条件として、(1)事業化のハードルは高いが、事業化に成功すれば一定の市場規模が確保できるような、イノベーティブなアイデアを持っていること、(2)一時的な経営悪化によって資金繰りが苦しくなっているものの、経営悪化の内的原因(外的原因ではない)を適切に分析しており、経営改善の見込みがあること、(3)社会的資産となり得る優れた技術・ノウハウなどの蓄積があること、という3つを挙げた。

 補助金は、主に一般の金融機関が貸したがらない企業を対象としていることから、一種のリスクマネーである。リスクマネーとして真っ先に思い浮かぶのは、ベンチャーキャピタル(VC)である。アメリカのVC投資額が1,000億ドル(2018年)を超えているのに対し、日本のVC投資額は1,976億円(2017年)と、約50分の1にすぎない。ただし、日本の場合は中小企業向けの補助金が他国に比べると充実している。国、都道府県、市区町村が様々な補助金を交付しているため、全国の合計額を正確に計算することは難しい。とはいえ、ものづくり補助金だけで1,000億円であるから、補助金総額がVC投資額を上回るのは確実だろう。

 だが、VCがユニコーン企業の輩出を目的としているのに対し、(特に中小企業向けの)補助金は、現在は苦境に陥っているがこのまま潰れてしまっては困る企業の底上げを目的としている。経営不振の企業が(1)のようなイノベーティブなアイデアに賭けるのは、危険が大きいと思い直すようになった。経営不振で金融機関による格付けが正常先よりも下になっている中小企業を対象とした「経営改善計画」制度というものがある。経営改善計画が承認されると、リスケが実行される。経営改善計画を作成する際には、これから新規事業に打って出るといった計画にはしない。既存事業を改善して売上高を以前の水準に戻し、一定の利益が確保できる体質への回復を目指す。つまり、非常に保守的な計画を立てるのが定石である。

 補助金を申請する企業の格付けがどうなっているかはただちに把握できないため、経営改善計画との単純比較はできない。しかし、イノベーティブなアイデアに挑戦することが必ずしも正しいとは限らない。ものづくり補助金では、「革新的なアイデアかどうか?」が審査される。個人的には、革新性を問う前に、「その企業が革新的なアイデアに挑戦すべき企業なのかどうか?」を審査する必要があるのではないかと考える。この点、以前から関係者の間では指摘されていたように、ものづくり補助金の審査は非常に緩い。

 東京都では、公益財団法人東京都中小企業振興公社(以下、振興公社)が中小企業向けの助成事業を数多く実施している。振興公社の助成金に申し込むと、書面審査の後に必ず面接がある。申請の支援をした診断士の話によれば、面接では申請者=中小企業の経営者を怒らせるような意地悪な質問が多数投げかけられるらしい。私は、原則として返還義務がなく、都民の税金を原資とする資金を投入するのだから、その使途や効果を厳しく問うのは当然だと思う。この診断士は「中小企業をいじめてどうするのだ」などと言っていたが、振興公社の方が正しい。ちなみに、ものづくり補助金の事務局には、振興公社で助成事業を担当してた人もいたらしく、その人から「補助金をなめるな」と怒られた中小企業もあると聞いた。

 日本電産の永守重信会長は、創業初期に取引先の金融機関から、自社の事業計画に対して何度もダメ出しを食らったと振り返っている。あの永守会長が、いくら窓口に計画書を持って行っても、融資のゴーサインが下りなかったと言うのだから、当時の担当者は相当厳しかったのだろう。しかし、後に永守会長は、「あの『グダグダ銀行』(※自社の事業計画にグダグダと長時間注文をつけて、なかなか融資してくれないという意味)のおかげで自社は成長することができた」と述べている。お金を出す側の態度とは、本来こういうものであろう。

 補助金/助成金の申請要件をどのように設定するべきなのかは、実は非常に難しい問題である。ものづくり補助金のように緩い条件にすると、補助金を交付するのが不適切ではないかと思われる中小企業まで集まってきてしまう。かと言って、厚生労働省の助成金でよく見られるように、「非正規社員を正社員にしたら」、「平均賃金を上げたら」、「高齢者の雇用を増やしたら」などと色々な条件をつけると、その条件を満たすことが目的と化してしまい、事業構造を歪めてまで無理矢理申請しようとする中小企業がよく出てくる。

 さらに言えば、経済産業省と違って、厚生労働省はビジネス面にはあまり関心がなく、社員の処遇改善、雇用の増加を狙っている。厚労省の助成金には、その初期コストの一部を補填するタイプが多い。助成期間が終わると、中小企業は増加した人件費を丸々負担しなければならない。その負担増を賄えるだけの増収をあらかじめ適切に計画していない中小企業は、後々苦労することになる。特に、事業構造を歪めてまで助成金を受けてしまった中小企業は相当苦しむ。すると、また別の助成金を探し始め、いわゆる「補助金漬け」に陥る。

国の○○計画は国が損をしているだけ

 ④ものづくり補助金では、経営革新計画先端設備導入計画の承認を受けている、あるいは現在申請中である場合には、審査で加点されると公募要領に記載されている。個人的には、この手の計画にどれほどの意味があるのかかなり疑問を抱いている。東京都の場合、経営革新計画の承認を受けると、日本政策金融公庫から低金利の融資を受けたり、都の制度融資(金融機関の金利よりも低い)が使えるようになったりする。

 日本政策金融公庫(以下、公庫)は財務省所管の特殊会社である。つまり、国民の税金で運営されている。経営革新計画の承認によって融資の金利を下げるのは、経営革新計画の承認を受けた企業は他の企業よりも借入額が大きくなる(公庫の収入が増える)、あるいは貸し倒れのリスクが下がる(公庫の費用が減る)ことを期待しているからであろう。

 公庫は一般の金融機関よりも融資の審査が緩いと言われる。その分、貸し倒れリスクが高い。非常に大雑把な見方だが、 公庫の中小企業者向け融資・証券化支援保証業務における貸付金額は5兆3,799億円、貸倒引当金は2,653億円である(2017年度)。貸付金額に占める貸倒引当金の割合は4.9%となる。私が診断士活動の拠点としている城北エリアの地銀であるきらぼし銀行(東京きらぼしフィナンシャルグループ)の財務状況を見てみると、中小企業向け融資額が2兆2,194億円、貸倒引当金が261億円となっている(2019年3月期)。貸付金額に占める貸倒引当金の割合はわずか1.2%にすぎない。この貸倒引当金はグループ全体の金額であり、個人向け融資(住宅ローンなど)の貸倒引当金も含まれている。よって、中小企業向け融資に限って割合を計算すれば、さらに低くなるだろう。

 もちろん、公庫ときらぼし銀行では事業の目的も規模も全く異なるから、単純な比較はできない。しかし、貸付金額に占める貸倒引当金の割合が4倍も違うということは、公庫がいかにリスクの高い案件を抱えているかを示す1つの事実にはなるだろう。不思議なことに、日本格付研究所は、きらぼし銀行の格付をA-(2019年3月17日)公庫の格付をAAA(2018年12月21日)としている。公庫は政府機関だから安全と見られているのかもしれない。

 経営革新計画の承認を受けた中小企業が公庫から受ける融資額が増えなければ、あるいは公庫の貸倒率が下がらなければ、公庫の金利収入が減り、費用はそのままであるから、全体の業績は悪化する。経営革新計画の審査をするのも行政であるため、税金を使って、税金によって運営されている組織の業績を悪くするという、意味不明な事態になる。東京都の制度融資についても、ほぼ同じことが言える。だから、経営革新計画の効果の検証が必要であるのに、公庫は経営革新計画の承認を受けた中小企業の融資額や貸倒率のデータを公表していない。経営革新計画には、ものづくり補助金と同様に向こう5年間の収支計画を記入する表がある。しかし、承認を受けた中小企業のその後の業績をモニタリングしている機関はない。

 先端設備導入計画の承認を受けると、固定資産税が3年間軽減される(自治体によって2分の1~ゼロ)。固定資産税は地方税であるから、単に域内の中小企業が先端設備を導入しただけであれば、地方自治体の税収は減少してしまう。地方自治体は、固定資産税を犠牲にしても、中小企業の収益が改善すれば法人事業税が増えることを期待している。仮に10年で償却される1億円の先端設備を期初に導入し、固定資産税がゼロになったとすると、3年間で9,000万円×1.4%+8,000万円×1.4%+7,000万円×1.4%=336万円の税収が消える。東京都の法人事業税は規模や課税所得によって異なるが、1億円の設備投資ができる企業ならば、課税所得は800万円以上あるだろうから、税率を6.7%とする。すると、将来的に336万円÷6.7%=4,985万円の所得増がなければ、減税分を回収できない計算となる。

 先端設備導入計画についても、今後の効果を検証する仕組みがあるのか定かでない。実は、この制度によって収益が上がるのは、先端設備を製造・販売する機械メーカーであり、その結果として地方自治体の税収が増えると見込んでいるならば、ひどい話である。

 ところで、経営革新計画にせよ、先端設備導入計画にせよ、承認を受けたことを自社のHPで公表している中小企業は少なくない。だが、認められたのはあくまでも「計画」であり、認めてくれた相手も「行政」である。企業が相手にすべきは「顧客」であり、出さなければならないのは「成果」である。この点をはき違えると、誰のため、何のための経営なのか解らなくなる。個人的には、計画の承認を受けたことを公表するのは、大学に合格したことを公表するのと同じだととらえている。通常、大学に「合格」しただけでは、世間からは何も評価されない。世間が重視するのは、大学を「卒業」したという事実である。だから、非上場の中小企業には財務諸表の公開義務はないものの、敢えて財務諸表を公表し、経営革新計画や先端設備導入計画に記載した収支計画以上の実績を上げたことをPRする中小企業が現れてほしいと思う。

働き方改革に逆行する労基法違反を黙認

 ⑤ものづくり補助金に限らず、一般に経済産業省・中小企業庁の補助金は事後精算である。つまり、事業期間中の費用を集計して申請し、その後で補助金の交付を受ける。補助金が入金されるまでの間は持ち出しになるから、つなぎ資金を用意しなければならない。ものづくり補助金の申請書には、つなぎ資金の計画について記入する欄がある。自己資金としていくら用意できるのか、金融機関を利用する場合には、どの金融機関からいくら借り入れるのかを記入する。だが、この金額と、申請書と同時に提出される直近2期分の決算書を合わせて読むと、おかしなことになっている中小企業をたまに見かける。

 貸借対照表に計上されている現金・預金とほぼ同額を自己資金として用意しようとする企業がある。言うまでもなく、その状態で補助事業を実行したら、一発で資金ショートする恐れが高い。また、ものづくり補助金は費用の全額が補助されるわけではないため(補助率は2分の1~3分の2)、残りの費用は金融機関からの借入で賄うことがよくある。問題なのは、既存の借入残高とほぼ同額の追加借入を想定している場合である。

 単純に考えて、借入金の主たる返済原資となる経常利益を現在の倍にしなければ、返済不能に陥る。ものづくり補助金で要求されているのは、経常利益を向こう3~5年にわたって年率1%以上増加させることである。経常利益の倍増はあまりにもハードルが高い。このような中小企業は、補助金を使ったことで倒産するという笑えない話になる可能性があるから、私は支援をお断りしている。中小企業の経営者は、金融機関と話がついていると言うことがあるが、金融機関がOKを出すとはとても思えない。もしOKを出している金融機関があるならば、普段の業務で融資先企業の何を見ているのかと問い質してみたい。

 財務諸表を国に提出することの意味合いを十分に理解していない中小企業もある。意図しているか否かはともかく、中小企業の財務諸表には粉飾が散見される。中小企業の場合、債務超過に陥っているものの、役員からの借入金で純資産を事実上プラスにしていることがある。貸借対照表の貸方には、長期借入金と役員借入金を分けて記載しなければならない。ものづくり補助金でも、財務状況は審査項目の1つになっている。両者を混同して単に長期借入金とだけ記載すると、その企業の財務体質が見えなくなり、審査員が困る。ただ、債務超過に陥っている企業では、役員借入金の利息はたいていゼロになっている。よって、損益計算書の支払利息を見れば、長期借入金の金額はおおよそ推測できる。しかしながら、計算のつじつまが合わないと、簿外債務の存在が疑われる。これは明らかな粉飾である。

 利益操作もよく行われる。前期の売上高として計上すべきものを前受金として貸借対照表に計上しておき、翌期にその前受金を売上高に付け替えれば、翌期の利益を水増しできる。また、架空在庫を計上すると売上原価が下がるため、利益を増やすことができる。当期の費用として計上すべきものを未払金として貸借対照表に持ってくると、やはり利益が上がる。反対に、利益を減らすための粉飾手法も存在する。架空の返品を起票して売上高を減らす、商品を簿外処理して在庫を減らす、来期の費用を前払金として貸借対照表に計上する、といった手口である。補助金の申請時には、直近の損益計算書の金額を出発点として向こう3~5年の収支計画を立てる。その決算が粉飾されていたら、収支計画はまるで信用できない。

 もちろん粉飾は悪だが、「会計処理を間違えていた」、「税務署との見解に相違があった」などと主張すれば、言い逃れができなくもない(言い逃れも悪だが)。もっと深刻なのは、社会保険料の未払いなどが発覚する場合である。申請書には従業員数を記入する欄がある。その従業員数、申請企業の事業構造から予測される正社員と非正規社員の比率、損益計算書や製造原価計算書に計上されている人件費や労務費を踏まえて法定福利費の金額を見ると、明らかに少なすぎると解ることがある。社会保険に未加入であるか、社会保険料を滞納している可能性が疑われる。社会保険への加入や社会保険料の支払いは法律で定められた義務であるから、義務を果たしていなければ、故意・過失を問わず法令違反である。

 6年前にものづくり補助金が始まった時には、人件費も補助対象であった。ただし、人件費の補助を申請する際には、補助対象となる社員の過去1年間の賃金台帳を作成し、就業規則に定められた所定労働時間から平均時給を算出するという手間をかけていた。賃金台帳には、企業側が負担している法定福利費も記載しなければならず、記載がない企業は法令違反であると指摘されることがあった。ところが、いつの頃からか人件費は補助対象から外れてしまい、現在の事務局が法定福利費のチェックを行っているのかは不明である。仮にチェックをしていなければ、法令違反の中小企業に補助金を交付している事実も否定できない。

 最近、厚生労働省の勤労統計不正問題が発覚し、雇用保険、労災保険、事業主向け助成金などで過小給付が行わていたことが明るみに出た。本来もっと給付すべきだった金額を後から追加給付することは、それほど大変ではない。ほしい人は勝手に行政側にやって来る。一方、一度給付してしまった金額を後から取り返すことは至難の業である。誰しも、一旦もらったお金は返したがらない。「行政側のミスだ」と言って、いくらでもゴネる。

 ものづくり補助金に関しては、労働関係法規に違反するという事実だけをもって、補助金の交付を取り消すことはおそらく無理である。公募要領には、「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」に違反する行為(無断流用、虚偽報告など)をした場合には、補助金の交付取消、返還、不正の内容の公表を行うことがあると書かれている。しかし、取消や返還の処分が下るのは、あくまでも予算の執行を妨げる行為をした場合に限定される。前述の人件費のチェックの結果、法定福利費の未払いが発覚しても、過去の事務局にはそれを完全に是正する権限はなかったと聞いている。是正の権限を有するのは、それぞれの社会保険を管轄する行政機関だけである。事務局がそこに首を突っ込むと越権行為になってしまう。

 安倍政権がかなりの本腰を入れて取り組もうとしている「働き方改革」は、社会保障の充実とセットである。それなのに、社会保障の原資を負担しない中小企業に国税を投入していたと判明すれば、国民は黙っていないだろう。ものづくり補助金に投じられた予算は、7年間で7,000億円を超える。このうち、労働関連法規違反の中小企業にそれなりの金額が交付されていた恐れを払拭できないことが、安倍政権にとってはアキレス腱である。

認定支援機関が補助金支援機関に成り下がる

 ⑥近年は、中小企業が経済産業省・中小企業庁の補助金に応募する際には、認定支援機関の確認書を添付することが求められている。認定支援機関とは、中小企業の経営改善を支援する能力と実績を有すると国から認定された組織や個人のことである。制度が発足した当初、認定支援機関の大半は税理士であった。税理士会が中小企業庁に働きかけて、税理士の認定条件を緩くしたとも言われる。税理士が単に顧問先企業の会計処理の支援や資金調達・資金繰りに関するアドバイスを行うだけでなく、これからは経営課題にまで踏み込んだ提案をしなければならないという、当時の税理士会の方針にも合致していた。

 しかし、中小企業の経営支援は、中小企業診断士の本分である。実は、中小企業診断士の有資格者のうち、独立して経営コンサルティングをしているのはわずか3割である。残りは、企業内診断士と呼ばれる会社勤めの人たちであり、社内でキャリアアップをするための資格と見なされる傾向が強い。中小企業庁はこの現実に強い懸念を示しており、かつては診断士の資格制度の廃止も検討していたらしい。だから、診断士が認定支援機関になるためのハードルは非常に高かった(現在は緩和されている)。こうした事情があったため、私は以前、「認定支援機関制度で岐路に立たされる中小企業診断士」という記事で、危機感をあらわにした。

 ところが、認定支援機関はA4で1枚程度の確認書に印鑑を押すだけであり、補助金の交付を受けた中小企業のアフターフォローを行っていないことが問題となり、今回からは認定支援機関も5か年の支援計画を提出することとなった。しかも、毎年中小企業が報告する事業化段階を集計して、どの認定支援機関の支援が優れているかを中小企業庁が公表する予定があるという(ただし、事業化段階を報告しても、当初の申請書に書いた5か年計画がどの程度達成されているのかまではチェックされない。よって、計画未達であっても、何のペナルティもない)。さらに、最近の認定支援機関検索システムでは、得意業種・分野に加えて、過去に申請実績のある補助金を切り口とした検索もできるようになっている。

 私は、補助金というのは中小企業支援のごくごくわずかな部分にすぎないと考えている。経営コンサルティングの王道はもっと別のところにある。だから、認定支援機関とは主に補助金の申請を支援してくれる機関であるという認識が世間に広まった方が、個人的には好都合である。認定支援機関の評価が、補助金の申請実績の多少、補助金の採択率の高低で決まるようになると、私は全く別のフィールドで勝負をかけやすくなる。

債務を担保に取ろうとする珍融資制度

 ⑦日本経済新聞に「中小向け補助金、融資の担保に 中小企業庁が新制度」(2019年3月24日)という記事が出ていた。「国の補助金は交付が決まってから支払われるまで時間がかかるため、将来もらうお金を裏付けとする債権を企業が持つ形として、銀行借り入れの担保に使う」らしい。確かに、今回のものづくり補助金の公募要領にも、補助金を担保とする借入が可能になる旨が記載されていた。だが、初めて読んだ時には非常に不可解に思えた。

 売掛金担保融資など、債権に担保を設定することはよくある。もし返済不能に陥った場合には、金融機関は担保として押さえている売掛金を現金化する。しかし、補助金の交付は果たして債権なのかという疑問が残る。条件を満たせば国に対して補助金を請求できるという点では、確かに債権ではある。だが、そもそも補助金は、中小企業が機械設備などの購入費用にあてるものである。よって、補助金に担保を設定する。ということは、事実上債務に担保を設定しているに等しい。こんなスキームが果たして成り立つのか、私には判断がつかない。

 仮に、今回のものづくり補助金で1,000万円の補助金交付決定を受けた中小企業が、それを担保に金融機関から1,000万円の融資を受けたとしよう。ところが、補助金の1,000万円は機械設備などの購入に使われ、中小企業の手元に残らない。この中小企業が金融機関から借り入れた1,000万円を返済できなくなった場合、金融機関はどうすればよいのだろうか?中小企業が補助金で購入した機械設備には、何の担保も設定されていないのである。