『一橋ビジネスレビュー』2018年WIN.66巻3号『「新しい営業」の科学』―KGIは売上高でも利益でもなく顧客満足度ではないか?(2/2)
- 2019.02.16
- 記事
(前回の続き)
『一橋ビジネスレビュー』2018年WIN.66巻3号『「新しい営業」の科学』―KGIは売上高でも利益でもなく顧客満足度ではないか?(1/2)
本号では、営業コンサルティングや営業研修サービスを提供しているソフトブレーン・サービス株式会社 が2本の論文を寄稿している。同社に限ったことではないが、コンサルティング会社も競争社会に生きているため、そうそう簡単には手の内を明かさない。同社が論文で紹介しているコンサルティング技法は、至ってシンプルなものである。 …
【契約】
価格交渉が長くなるにつれ、顧客企業の担当者も営業担当者も、購入金額と製品導入による最終成果ばかりに目を奪われて、そもそもなぜこの製品を導入するつもりだったのかを見失うことがある。この段階に至って、競合他社と単なる金額勝負にならないようにするため、製品導入の目的を振り返り、自社製品がその目的を達成するストーリーを改めてダメ押しする。また、今回の提案が担当者、影響者、決裁者の個人的なニーズにも応えると訴求しなければならない。最終提案の場には決裁者が出席するだろうが、そのタイミングで決裁者の個人的ニーズに触れることは困難である。まして、影響者は最終提案の場に出席するとは限らない。そのため、公式な最終提案よりも前に、影響者や決裁者に対して非公式に根回しをする。
【アフターフォロー】
顧客企業の次のニーズを探るためにも、営業担当者は顧客企業と接点を持ち続けることが重要である。有償の保守契約を結んでいれば、契約に従って定期的に顧客企業を訪問しなければならない。しかし、たとえそのような契約がなくても、タイミングを見計らってアプローチをかけた方がよい。保守や点検は製品トラブルを防止し、製品寿命を伸ばすためであるとはいえ、顧客企業がその価値を理解することはほとんどない。それでもなお、保守や点検の必要性を訴求しようとするわけだから、かなりの工夫がいることになる。
単純に定期的な保守や点検をしようとすれば、顧客企業は自社が機械的に扱われていると感じ、たいてい「今は忙しい」と断ってくるだろう。顧客企業と接点を持ちたい一心で頻繁に保守や点検を提案すれば、顧客企業からは「そんなに壊れる可能性が高い製品を我が社に導入したのか?」と思われてしまう。顧客企業のビジネス特性を踏まえ、導入した製品のどの部分がどのくらいの期間で消耗しやすいのか見通しを立てた上で保守や点検の話を持ちかけるとようやく、顧客企業の担当者は「面倒見のよい営業担当者だ」と思ってくれるかもしれない。
優秀な営業担当者は保守や点検を行うだけでなく、顧客企業の担当者が所属する部門の別の潜在的課題やニーズに関する情報を収集し、次の商談の機会をうかがう。また、人間関係が熟してくると、顧客企業の担当者に対し、「私を御社の別の部門の担当者に紹介していただけませんか?」などとお願いして、顧客企業内の人脈を広げていく。
どんなに保守や点検を入念に行ったとしても、製品が故障してクレームは発生するものである。クレームに誠実に応対するのは営業担当者として当然の責務であるし、営業担当者が誠実であればクレームの後でむしろ顧客満足度が上がることもある。ただし、営業担当者がクレームに誠実に応対したかどうかを測定する指標の設定は難しい。クレームの内容は多種多様であり、またクレーム応対の手順も個別特殊性が高い。だから、「クレーム応対に要した時間」や「クレーム応対の品質」というのは、あまり指標に向いていない。
クレーム応対という修羅場であっても、簡単に取得可能で、かつ顧客満足度と関連性がある指標の1つが、「顧客企業から要求される前に修理報告書・顛末書を提出した回数」ではないかと考える。顧客企業から、「今回の件に関して顛末書を提出せよ」と言われてからでは遅い。先回りして顛末書を提出した回数をカウントする。外部企業からの調達に慣れている企業は、営業担当者によるクレーム応対が完了した時点で、社内報告用にほぼ間違いなく顛末書を求めてくる。営業担当者はそれから慌てて顛末書を作成するのではなく、クレーム応対と並行して顛末書を作成し、応対完了後の謝罪の言葉と同時に顛末書を提出する。そこまで誠実な姿勢を見せれば、少なくとも顧客満足度の大幅な下落は避けられると思う。
営業担当者にとってのKGIは顧客満足度である。ただし、単純に顧客満足度を尋ねると、製品に対する評価や自社ブランドへの印象などと混同される。測定したいのは、「その営業担当者の営業活動に対する顧客満足度」である。顧客企業に対して、「次回もこの営業担当者から購入したいと思うか?」と聞くのが、顧客企業と自社の双方にとって最も簡便である。とはいえ、この質問だけをするために顧客企業に調査票を配布するのは現実的ではない。
多くの企業では、既に製品に対する顧客満足度の調査を行っているだろう。そこで、その調査票に、営業担当者に対する評価を尋ねる設問を加える。上記の事例では、顧客企業が製品を購入して一定期間使用した後に評価が定まり、さらに購入後の営業担当者の行動も満足度に影響を与える。よって、製品購入後半年を経過したタイミングで調査票を配布する、といった運用にする。年度中に一度も製品購入がない既存顧客についても、営業担当者による継続的なフォローへの満足度を確認するために、少なくとも年に1回は調査票を送付する。
以前、あるコンサルティングプロジェクトで、営業担当者に対する顧客企業の満足度を人事評価項目に入れようとし、顧客満足度の調査方法を議論したことがあった。クライアント側のメンバーは、営業担当者自身が顧客企業に直接出向いて、調査票に記入してもらうという案を提示した。満足度が高い顧客企業は積極的に調査票に記入してくれるはずであり、逆に顧客企業が記入しなければ、営業担当者と顧客企業の関係性はその程度だと解るというのが理由であった。私は、確かにそういう考え方もあると納得した。
とはいえ、現実的には、営業担当者が顧客企業を選り好みする恐れがある。20社の顧客企業を担当している営業担当者が、1社にだけ調査票の記入をお願いして最高点を獲得したとしても、その営業担当者のことを高く評価してよいのかという問題が生じる。そこで、最終的には、営業部門から独立したマーケティング部門が一括で調査票の送付と回収を実施し、満足度と回収率の両方を考慮して評価を決定することになった。
営業活動に対する顧客満足度を追求すると、本当に売上高や利益がついてくるのかと疑問に思われる方もいらっしゃるだろう。アスクル株式会社の創業者である岩田彰一郎社長は、「利益とは顧客満足度の積み重ねである」と語ったことある。企業側が意図的に利益を操作する場合は論外としても、岩田氏の言葉にはかなりの真実味があると感じる。顧客満足度の向上を目指せば、緩やかに顧客単価は上がっていき、顧客応対の複雑化に伴うコスト増はあっても、それを十分にカバーできるだけの利益を確保しやすくなる。
個人的な話で恐縮だが、コーヒー好きの私が仮にマクドナルドと椿屋珈琲店から顧客満足度の調査票をもらったら、椿屋珈琲店の方だけ真面目に記入して返送すると思う。マクドナルドの1杯100円のコーヒーのために調査票を記入するのは面倒だし、時間的余裕があっても「満足度=3」などと適当に記入するに違いない(実際、私はKODOを利用したことがない)。単価が低い製品は、高い満足を感じてもらうことがあまりないどころか、そこそこ不満が出る。私がやっている研修・セミナーの仕事でも、受講料が無料や低額の場合には、受講者から高い評価をいただくことは非常に難しい。アンケート結果はだいたい「普通」に集中し、研修も長続きしない。一方、受講料を上げた方が、受講者から高い評価をいただきやすくなる。もちろん、中には厳しい意見もある。だが、その意見に誠実に応対すると、研修の継続開催につながる。
営業担当者が全社で数百人ほどいれば、営業担当者の持つ情報と本社が独自に収集した情報とを統計的に分析することで、各製品の売上高と利益についてある程度の目標値を導くことができる。他方、個々の営業担当者の受け持ち顧客は数が少ない上、属性に偏りがあるから、無理に目標金額を設定しなくてもよいと思う。現場の営業担当者は、いたずらに受注金額を追ったり、商談リードタイムを短縮しようとしたりする必要はない。前述のプロセスKPIの値を増やすことに注力し、最終的な顧客満足度を追求する。人事評価の際は、顧客満足度の平均が高い営業担当者を高く評価する。極端な話をすれば、半年間全ての既存顧客に対してフォロー活動だけを行っており、新規受注がゼロでも、顧客満足度が高い人は評価を上げる。
ただし、満足度の平均が5という完全無欠の人と、満足度が1の顧客が数名いるために平均が4になっている人がいたら、後者の最終考課を上にする。ピーター・ドラッカーは、「人事における最大の失敗は、失敗したことのない人を昇進させることだ」と述べた。完璧すぎる人をマネジャーにすると、部下が失敗した理由が解らず、適切な教育ができない。マネジャーはミスを許さない硬直的な組織を作ってしまい、部下のリスク回避性向が強くなる。
単純に考えると、価格の低い製品を扱うビジネスの方が参入しやすいように見える。だが、本当のところは、顧客満足度を追求して高い顧客単価と高い利益率を目指す方が、仕組みを構築しやすいのではないかと思う。低価格路線のビジネスでは、満足してもらっているのかどうか解りにくい顧客に頻繁にリピート購入してもらう仕掛けが必要となる。大勢の顧客を相手にするため、インターネットで情報がオープンになりやすい。すると、企業側ではコントロールしようがない一部のネガティブな口コミが一気に拡散して、ビジネスがダメになる可能性もある。人件費を抑えようとアルバイトを増やせば、バイトテロのリスクも考慮しなければならない。こういう条件の下で事業を継続させる方法を実現することは、実は相当ハードルが高い。
KGIとしての顧客満足度や、これまで述べてきたようなプロセスKPIは、受注金額や利益といった客観的に測定可能な数値に比べると、主観性が強く極めて曖昧である。しかし、営業活動とは本来創造的な活動に他ならない。研究開発のような創造的業務においては、中長期的な目標をぼんやりと掲げ、主客問わずにマイルストーンを多角的に設定して進捗をモニタリングしていく。今回の私案では、このやり方を営業活動に適用してみた。
プロセスKPIは設定するものの、KPIの値を上げるために具体的にどのような行動を取るのかは、営業担当者の主体性に任せる。例えば、商談の「事前に顧客企業の情報を分析して商談に臨んだ回数」というKPIに関しては、顧客情報の分析を営業担当者自らが実施してもよいし、誰かの支援を受けてもよい。顧客の特性や営業担当者の置かれている状況などに応じて、本人に方法を考えさせる。だから、営業現場に対してどの程度の支援が必要なのかは明確には解らない。支援部門が各地に点在する営業拠点に隣接していればいるほど、支援内容も個別特殊性を帯びてくるため、支援部門の適正規模を決めることは難しくなる。
マネジャーの仕事は、部門全体の顧客満足度を上げることである。そして、KGIとしての顧客満足度とプロセスKPIがどのように関連しているのかを明らかにする。とりわけ、顧客満足度に強く影響するプロセスKPIを特定する。そのKPIの値が高いのに顧客満足度につながっていない営業担当者がいれば、その原因を分析する。前述のように、プロセスKPIは主観に左右されやすいので、本人はできたと思って回数にカウントしたのに、マネジャーから見るとできていないということもある。マネジャーは対話を通じて本人との認識のずれを是正する。マネジャーにとっての重要な業績評価指標は、部門全体の顧客満足度の改善度合いである。
本号には、「価値共創型営業への道筋」(小菅竜介)という論文がある。近年、顧客との協業による価値創造が重要視されている。ただ、ややもすると、顧客が自らのニーズを一から十まで事細かに企業に伝えて、その全てを企業に実現してもらうことを協業や価値共創と呼んでいるケースが少なからず存在するように見受けられる。
どんな特注品でも、顧客のニーズを完全に充足するのは無理である。トヨタでは「カタログエンジニアになるな」と言われる。トヨタは、外部から購入した機械を付属のカタログやマニュアル通りに動かしても、工場の要求には合致しないことを初めから知っている。だから、製造プロセスにフィットするように、いかにしてその機械を使いこなすか知恵を絞る。ITシステムも同じである。IT導入プロジェクトの成否を握るのは、システムの機能や品質ではない。導入企業がどの程度業務のことを深く理解し、業務とITを上手にリンクできるかにかかっている。こうした力を、ハードやソフトのような資産に対して、インタンジブル・アセット(見えない資産)と呼ぶ。
顧客は、自らの資源と、サービス交換を通じて他のアクターから取り入れた資源を独自に組み合わせて価値の創造、すなわち状況の改善を行う。なお、ここでいう価値とは、あくまで主観的なものである。顧客は自らの特有の文脈において資源統合を行い、価値を経験するわけである。 (小菅竜介「価値共創型営業への道筋」)
経営コンサルタントの端くれとして仕事をしていると、同業者からは「コンサルタントは全体最適を目指せ」と言われることがある。周りからは、「コンサルタントは何でもできるのではないか?」と聞かれることもある。何でもできて全体最適が可能であれば、コンサルティングフィーに満足せず、資金調達してクライアントを買収するか、自分でビジネスを立ち上げた方が早い。コンサルタントだからと言って経営の能力があるわけではないことは前職のベンチャー企業で経験したし(「【シリーズ】ベンチャー失敗の教訓」を参照)、私自身も恥ずかしいことに失敗を犯している(以前の記事「【中小企業診断士】私が独立診断士として失敗した5つの原因」を参照)。コンサルタントと言えども、所詮は部分最適を実現する程度の力しかない。
前回、今回と、顧客満足度の重要性について書いた。確かに、企業に何から何まで面倒を見てもらうことができれば、顧客は十分に満足するだろう。しかし、それは顧客と企業のコストや時間を全て度外視してようやく成り立つ満足である。一時的に顧客価値が高まったとしても、長い目で見れば顧客と企業双方の価値を毀損している。つまり、まやかしの顧客満足にすぎない。企業は限られたリソースの限界まで尽力して最善の製品を提供し、顧客はその性能や効能を最大限に活用して自らの文脈に埋め込む。これこそが価値共創であり、その先に真の顧客満足があることを、顧客側も承知することが大切ではないかと考える。
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