最新の設備を入れれば競争力が上がるなどというのは大いなる誤解

最新の設備を入れれば競争力が上がるなどというのは大いなる誤解
 

現在、国は「生産性向上特別措置法」に基づき、2020年度までを「生産性革命・集中投資期間」と位置づけている。この期間中、中小企業の生産性革命の実現のために、市区町村の認定を受けた中小企業の設備投資を支援することとしている。具体的には、中小企業が「先端設備等導入計画」を作成して市区町村から認定を受けると、固定資産税が3年間軽減される。軽減の割合は市区町村によって異なるが、ゼロになる自治体もある。

先端設備等導入計画とは、 中小企業者が、①一定期間内に、②労働生産性を、③一定程度向上させるため、④先端設備等を導入する計画のことである。①一定期間については、自治体によって3~5年間の期間が設けられている。②労働生産性は、「(営業利益+人件費+減価償却)÷労働投入量(※ 労働者数、または労働者数×1人あたり年間就業時間)」で計算され、③労働生産性を直近の事業年度比で年平均3%以上向上させることが要件となっている。④先端設備等とは、 機械装置、測定工具、検査工具、器具備品、建物附属設備、ソフトウェアといった、労働生産性の向上に必要であり、かつ生産や販売活動に直接用いられる設備を指す。

固定資産税が3年間軽減されるというのは、中小企業にとって非常に魅力的である。固定資産税ゼロともなれば、中小企業の負担は非常に軽くなる。仮に、売上高10億円の企業が1億円をかけて、X年度の1月1日に先端設備にあたる工作機械を導入したとしよう。一般に、固定資産税は次の式で計算される。

固定資産税=課税標準額×標準税率(1.4%)

ただし、工作機械は償却資産であるから、取得年度の翌年度から課税標準額の計算式が変わる。

前年中に取得した資産の場合:取得価額×{1-(減価率÷2)}
前年度以前に取得した資産の場合:前期の価格×(1-減価率)

「減価率」は「耐用年数に応ずる減価率表」で調べることができる。先ほどの工作機械の耐用年数が10年だとすると、減価率は0.206である。工作機械の課税標準額は、

X年度:1億円
X+1年度:1億円×{1-(0.206÷2)}=8,970万円
X+2年度:8,970万円×(1-0.206)=約7,122万円

となり、各年度の固定資産税は、

X年度:1億円×1.4%=140万円
X+1年度:8,970万円×1.4%=約126万円
X+2年度:7,122万円×1.4%=約100万円

と計算される。3年間の合計は約366万円であるから、中小企業にとっていかに大きな節税効果となるかがお解りいただけるであろう。だが、中小企業の負担が軽くなるからと言ってすぐに喜んでよいわけではない。固定資産税は地方税であるため、固定資産税の減税は、自治体の税収減を意味する。減少した分は別の税収でカバーしないと、自治体は手間暇をかけて計画を認定したのに損をしてしまうという、笑うに笑えない話になる。

自治体が法人から徴収する税には、法人事業税がある。東京都の場合、

法人事業税額=課税所得×法人事業税率
・課税所得400万円以下:3.4%
・課税所得400万円超800万円以下:5.1%
・課税所得800万円超:6.7%
(※)事業年度が2016年4月1日から2019年9月30日の間に開始する場合。

と定められている。売上高が10億円ある企業の課税所得は、よほどのことがない限り800万円超であろうから、6.7%の法人事業税率が適用される。東京都が3年間で失った約366万円の固定資産税を法人事業税で取り戻すには、この中小企業に366万円÷6.7%=5,463万円の所得を増加させてもらわなければならない。工作機械の耐用年数が10年であるから、10年間の累積で5,463万円以上の所得増となる事業計画でなければ、東京都は計画を認定する意味がない。法人税の課税所得は営業利益と等しいわけではないが、話を単純化するために両者がイコールであると仮定すると、10年の間毎年平均で546.3万円の営業利益を増加させる必要がある。売上高10億円の企業にとって、これは非常にハードルが高い。

この点で、先ほど見た、「労働生産性を年平均3%以上向上させる」という要件はあまり適切ではないと感じる。先端設備等導入計画に限らず、およそ中小企業を対象とした減税施策は、中小企業が減税をインセンティブとして事業規模を拡大し、利益を増加させることで、将来的に法人税の増加分で減税分を回収できると目論んでいることは、ちょっと考えれば誰でも解りそうなものである。ところが、実際にはこのことを理解しておらず、単に中小企業の税金が安くなって喜ばれるからというだけの理由で、安易に計画の作成を勧める中小企業診断士などが多い。彼らは知らず知らずのうちに行政の財政をむしばむとんでもない輩である。

そもそも、先端設備を導入すれば競争力が上がるという発想自体が私は嫌いである。最新の機械を入れると競争力が上がるのであれば、日本政策金融公庫あたりが中小企業にどんどん融資をして最新の設備を購入させればよい。企業の競争力が上がって利益も増えるのだから、融資はほぼ確実に回収できる。国としても、日本経済を支えている存在だと常日頃から口にしている中小企業の力が上がるのだから万々歳である。しかし、話はそんなに簡単ではないことは自明である。私のような経営コンサルタントの端くれが最新スペックのパソコンを購入したところで、アウトプットの質が劇的に上がるわけではない。

以前、平成24年度補正予算から続くものづくり補助金に採択された企業の事業計画書を見せてもらう機会があった。ものづくり補助金とは、その名の通りものづくり、つまり新製品の試作開発に対する補助金である。ところが、不思議なことに、補助金の応募類型には「試作開発型」と「設備投資型」という2種類がある。設備投資型は、それこそ工作機械などを導入して新しい製品が作れるようになればそれでOKというものである。設備投資型で採択された企業には、「最新のマシニングセンタを導入すれば課題が解決される」といった、似たような計画が多かった。

ものづくり補助金はもう7年も続く補助事業であり、累計で8,000億円ほどが投入されているから、その効果検証が進められているところである。財務省は、事業化した案件が少ないと批判しているし、そもそもものづくり補助金において、「事業化=新製品・サービスが1個以上販売されたこと」と定義されていることも問題視されている。

以前の記事「リスクマネーほど審査が甘いという日本の中小企業金融の矛盾 」でも書いたように、理想論で言えば補助金はリスクマネーであるため、事業化に成功する案件自体は少なくてもよいと私は考えている。深刻なのは、最新設備の導入だけで競争力ある新製品ができ上がるという発想である。どの企業も似たような最新設備を入れれば、どの企業も似たような新製品を作るようになる。中小企業の競争力を上げるための補助金が、中小企業の競争力をそぐ結果になるのは本末転倒である。私が見た計画書は全体のごく一部にすぎないが、もしも相当数の計画がそのような内容になっているのであれば、事業化した案件が少ないと財務省が非難するのも当然である。

リスクマネーほど審査が甘いという日本の中小企業金融の矛盾

平成24年度補正予算から始まった通称「ものづくり補助金」は、平成30年度補正予算で7年目となる。補助金の趣旨は毎年微妙に変化しているものの、大筋は「革新的な製品・サービス開発に取り組む中小企業の設備投資や試作品開発にかかる費用の一部を補助する」というものである。条件を満たせば、最大で1,000万円の補助を受けることができる。 …

企業の競争力の源泉は機械装置にあるのではない。人間の知恵にある。その証拠に、本当に競争力のある企業は、安易に最新の機械に頼ったりしないし、機械をマニュアル通りに操作したりしない。作業工程や標準作業書を見直し、冶具や道具を工夫し、時には機械装置そのものをカスタマイズする。自社が製造したい製品は何であるか?製造プロセスはいかなるものであるべきか?その製造プロセスを下支えする設備や道具はどのようなものでなければならないか?といった問いに徹底的に向き合う。人間が機械の上に立つ企業ではこのように考える。機械が人間の上に立つ企業は、この機械があれば何ができるか?と、誤った問いを立てる。

Googleがまだ草創期だった頃、検索エンジンのレスポンススピードを高めることが喫緊の課題であった。当時のGoogleは、最先端のサーバを使用しなかった。古いサーバをかき集め、社員があれこれと試行錯誤しながらつないでいき、独自のシステムを作り上げた。それでも、最先端のサーバで期待されるレスポンススピードを上回る速度を実現したという。トヨタも、外部の機械に依存することをよしとしない。トヨタほどの企業ともなれば、自前で機械を作ることもできる。私が観たあるドキュメンタリー番組では、副社長が自ら製造ラインに赴き、作業能率を上げるための機械を作業員と一緒になって手作りしていた。

仮に最先端の設備が競争力の源泉となるならば、IT業界であればHPやデルが、製造業であれば日本やドイツの工作機械メーカーがもっと産業バリューチェーンの下流に進出して、圧倒的な利益を稼ぐことができるはずである。しかし、現実の世界はそうなっていない。先端設備だけでは世界を制覇できないことの証左である。

2014年にノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏が、1993年に青色発光ダイオードの開発に成功した時、中村氏が所属する日亜化学工業は徳島県の中小企業にすぎなかった。限られた開発経費の中で、たった1人で研究を進めていた中村氏は、工場にある不要な部品を集めて電気炉を手作りし、実験に使う高価な石英管を何度も溶接して再利用した。手を動かすことの重要性は、中村氏が徳島大学時代に恩師の多田修教授から学んだことである。

参考文献を読めば、人はその通りにしかやらなくなる。しかし、自分で考え、自分で器具や装置を作れば、自分だけのやり方を生み出し、新しい発想が生まれ、世界を驚かせるような創造性豊かなものを作り出せる。この考え方が、日亜化学に入社してから大いに生きたという。より正確でより実践的な装置、自分の研究したいことについての結果を出してくれる装置は市販では手に入らない。それならば徹底的に自分で作り上げていくしかないと中村氏は悟った。中村氏は毎朝7時に出社して、午前中に装置を改良し、午後からは反応実験を行うという気の遠くなるような日々の繰り返しの中からブレイクスルーを得た。

もちろん、全ての中小企業がノーベル賞クラスの製品を狙っているわけではない。だが、これだけは確実に言える。大事なことだからもう一度言おう。企業の競争力の源泉は機械装置にあるのではない。人間の知恵にある。 上に立つのは機械ではなく、人間である。