【2018年反省会(20)】入管法改正、副業解禁、高プロ制度に関する一考(1)

【2018年反省会(20)】入管法改正、副業解禁、高プロ制度に関する一考(1)

【2018年反省会】記事一覧(全26回)

グローバリゼーションの進展によって格差が激しくなったと言われるが、事はそんなに簡単ではない。理論上は、グローバリゼーションが進めば、各国が比較優位を追求し、互いにより高品質の製品・サービスと高い収益を獲得できる。A国とB国がともに靴と自動車を製造しており、A国が靴と自動車の両方においてB国よりも絶対優位に立つとしても、A国が自動車の生産を得意とし、B国が靴の生産を得意とするならば、双方とも自国が得意とする製品を製造・輸出した方がよい。A国とB国の間では経済格差があるものの、自動車の製造に特化しているA国内の国民は平等であり、靴の生産に特化しているB国内の国民もまた平等である。

しかし、実際には、A国の国民は自動車の製造だけに専念していればよいわけではない。B国から輸入した靴を輸送し、販売する人が必要である。これらのプロセスはA国内では比較劣位にあたるのだが、A国という土地を離れて実行することが不可能であるため他国には委託できない。つまり、製品・サービス単体として見れば比較優位があるようでも、その製品・サービスが企画されてから顧客に届くまでのバリューチェンの中に、比較劣位となるプロセスが混じっている。そのプロセスに従事する人は、自動車の製造によって得られる利益を捨てることになるから、ここで初めて国民の間で格差が生まれることになる。

グローバリゼーションの最後の砦が「人の移動」であった。モノ、カネ、情報は国境を自由に超えることができても、人だけはナショナリズムといった特別な感情や、生活基盤への愛着という実際的な問題がネックになって、なかなか移動しないと言われてきた。ところが、近年は簡単に人が移動する。特に、賃金が安い国から高い国への流入が増加している。すると、賃金が高い国、すなわち高い利益を生み出す製品・サービスに比較優位がある国においては、バリューチェーン上で比較劣位にあるプロセスに従事する人と競合する。

比較優位の理論に従えば、比較劣位のプロセスに従事する人の労働が外国人労働者に取って代わられるのは望ましいことである。だが、前者は自分の労働が”脅かされた”と感じ、後者を排斥しようとする。問題はグローバリゼーションではなく、比較劣位のプロセスに従事する人を比較優位のプロセスへと移行させなかった政府の産業・教育政策にあり、同時に、比較優位のプロセスへ移行しようとしなかった労働者の態度にある。

私の入院中に、「出入国管理及び難民認定法(入管法)」が改正された。大きな改正点は、人手不足の建設業界や介護業界など14業種に外国人の単純労働を解禁する「特定技能1号」という資格と、建設業と造船・舶用工業を対象とした「特定技能2号」という資格を新設することである。新しい資格には、従来の「技能実習(1号~3号)」という資格からの移行が想定されている。しかしながら、技能実習生を特定技能にスライドさせるのはおかしな話である。

技能実習は、外国人が日本の産業技術を習得し、本国でその能力を産業発展のために活用してもらうことを目的としている。つまり、実習生が学ぶのは先進的な技術である。それなのに、制度上は技能実習から特定技能に移行したとたんに単純労働に従事させられることになるから、日本にやって来る外国人にとっては魅力がない。いや、実は技能実習の制度が破綻していて、現在の実習生が従事している仕事は、特定技能の資格保有者が従事する予定の単純労働よりも単純であることを暗に認めているかのようにも感じる。

技能実習制度を利用しているのは中小企業が多い。そして、入管法改正案審議中にも取り沙汰されたように、劣悪な労働環境に耐えかねて失踪する実習生が少なくない。彼らは、日本に来れば本国よりも稼げると聞いていたのに、日本の労働基準法の中身を知らないことにつけ込まれて、最低賃金よりもはるかに低い給料で長時間労働を強いられる。とはいえ、日本人経営者を法令違反だと批判するだけでは済まない構造的な問題がある。

日本の中小企業は、ただで実習生を受け入れられるわけではない。監理団体型技能実習をモデルとして、3人の実習生を採用するケースでかかる費用をまとめたページがある。これによると、受け入れから技能実習開始までに、1人あたり約63.7~約75万円かかる。さらに、監理団体に支払う管理費など、実習開始後に毎年かかる費用は1人あたり約81万円である。加えて、実習生のために家を用意する必要もあるから、仮に家賃5万円とすれば、年額の費用負担は約141万円にまで増える。しかも、実習生は最長で5年までしか受け入れられないため、5年経ったらまた63.7~75万円かけて新しい実習生を探さなければならない。

2019年卒マイナビ企業新卒内定状況調査」には、上場企業(大企業)と非上場企業(中小企業)の採用単価が掲載されている。調査によると、上場企業(大企業)の採用単価は45.6万円、非上場企業(中小企業)の採用単価は48.4万円である(意外なことに、非上場(中小企業)の方が高い)。ここでの採用単価には、広告費などの外部コストの他に、人事部の社員の打ち合わせにかかった人件費などの内部コストも含まれる。よって、単純な外部コストはもっと低い。これを、実習生1人を受け入れるまでのコスト(約63.7~約75万円)と比べれば、実習生の受け入れはいかに高くつくかが解る。また、厚生労働省「賃金構造基本統計調査の概況(平成27年)」によると、小企業(従業員数10~99人)の平均勤続年数は11.4年である。最長でも5年で実習生を入れ替えなければならないことは、受け入れ企業にとって荷が重い。

端的に言えば、コスト負担が大きすぎるために、実習生を最低賃金以下で働かせなければならない実態がある。だが、そこまでして外国人に頼らざるを得ない仕事は、明らかに日本の中では比較劣位である。その仕事を比較優位の国に移植しなかった経営努力の不足こそ責められるべきであるし、雇用を創出するため、地域経済を守るためというよくありがちな綺麗ごとで中小企業を過度に保護した行政にも問題がある。もちろん、地域によっては比較劣位にある産業しか存在しないところもある。だが、この場合もやはり、なぜ地域の労働者を比較優位にある産業に移行できなかったのかと、政策側が反省する必要がある。

「特定技能1号」の14業種の大半が「技能実習2号」からの移行対象職種に認定されており、既に技能実習生を受け入れているが、宿泊業は対象職種の認定を受けていない。日本旅館協会、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会、日本ホテル協会、全日本シティホテル連盟の4団体は「宿泊業外国人労働者雇用促進協議会」を立ち上げ、新たな在留資格への対応と合わせて、「技能実習2号」移行対象職種への認定を目指しているとの報道があった。

衆院法務委員会の答弁で観光庁の金井審議官は、宿泊業の「技能実習2号」移行対象職種への追加について、「わが国の宿泊業は、きめこまやかなサービスや清潔感に特徴があり、おもてなしの精神に根差した接客や衛生管理の技能は旅行者の快適性や安全安心の確保に大きな役割を果たしている。開発途上国では観光が重要な産業である場合が多く、これらの国々では日本の宿泊業に関する技能を習得するニーズが高い」と述べたという。

観光業界をめぐるこの動きには、個人的には強い違和感を覚える。技能実習生の送り出し国は実習生の多い順にベトナム、中国、フィリピン、インドネシア、タイとなっている。確かに、金井審議官の言う通り、新興国では観光が重要な産業となっている。だが、日本の観光業が新興国の観光業よりも技術的に優れているとは限らない。少なくとも、訪日外国人の多くがコミュニケーションに問題を覚える現状では、金井審議官の言う「おもてなしの精神」が実現されているとは言いがたいだろう。実習生の送り出し国には、ベトナムのダナン、フィリピンのセブ島、インドネシアのバリ島、タイのバンコクなどといった、世界的に有名な観光地がたくさんある。もしかしたら、これらの国の観光産業の方が、日本よりも洗練されているかもしれない。

宿泊業を技能実習の対象にしようとする動きには、古くから日本人の心のどこか奥底に潜んでいるアジア人蔑視が見え隠れする(金井審議官が「新興国」と言わずに、未だに「開発途上国」という言葉を使っていることからもうかがえる)。何よりも、宿泊業の人手不足を技能実習制度を使って体よく解決したがっているのではないかと勘繰りたくなる。そもそも、観光はその国の人からサービスを受けるからこそ価値があるのであって、日本のおもてなしを外国人が提供したら、日本人であれ外国人であれ観光客が興ざめするように思える。わざわざ中国まで行って、日本人が作る中国料理など食べたくないのと同じ心理である。

最近の人材マネジメントの潮流は、ティール組織アジャイル人事である。これに、昨今日本でよく議論されている副業・兼業の解禁が加わると、企業は必要な人材を必要な時に調達し、プロジェクトチームをいくつも同時に走らせることで経営課題の実現を目指すというマネジメントスタイルに変化することを意味する。働く側は全員が個人事業主となり、自分が働きたい時に、働きたい企業で、自分のやりたい仕事をするようになる。かつては、企業が社員を雇用する理由は取引コスト理論で説明された。ところが、近年は外部からの調達コストが下がったために、雇用の流動化が加速している。いかにも右派が推進しそうなことであるが、20年近く前に左派のエコノミストである森永卓郎氏が著書『リストラと能力主義』の中で、やはり同じように労働者の個人事業主化を提案しており、右派の専売特許とは限らない。



しかし、以前の記事「中小企業診断士として独立してよかった2つのことと、よくなかった5つのこと」(という、今読み返すとへっぽこだと思う記事)の中で指摘したように、日本は個人事業主向けの社会保障制度が非常に脆弱である。雇用保険に加入しない個人事業主には、育児休業給付金も介護休業給付も出ない。失業という概念がないので(単にその人の営業努力不足とされる)、失業保険も当然ない。制度の問題は制度の再設計で解決できるとしても、個人事業主が出産や介護で休業したら、次に仕事を得ることは極めて困難だろう。というのも、休業した人の仕事を他の個人事業主が自主的にカバーすることは考えられず、企業は穴が開いた仕事に別の個人事業主をあてがう。これによって、休業した人が復職する道はほぼ完全に絶たれる。日本の少子化はますます進み、高齢者福祉はますます崩壊に向かう。

企業が個人事業主に仕事を依頼する行為は「外注」にあたる。そして、往々にして企業は外注先を買いたたく。企業が高い給与を払って社員を雇用するのは、忠誠心という心理的紐帯に対してリスクプレミアムを払っているからである。いくら最近は忠誠心が薄れてきたと言っても、未だにこの紐帯がもたらす効果は大きい。これは取引コスト理論では説明できない点である。リスクプレミアムを払っているからこそ、企業は社員に対して多少の無理難題を命じることができる。社員もリスクプレミアムをもらっている以上、むげには断れない。ところが、働き手の個人事業主化が進むと、リスクプレミアムは削られる。個人事業主がその仕事は安いから嫌だと言えば、企業は安く仕上げてくれる別の個人事業主を探すだけである。

企業と働き手の関係は、人事関連の専門家が言うような対等の関係にはならない。かえって企業が力を持つようになる。力を持った企業は、資本を独占する。企業が社員を採用している間は、企業が所有する大規模な固定資産は、法的には企業に所有権があるとしても、実際には社員全員の共有財産であるという意識があった。社員はその共有財産を使って、大きな仕事をすることができた。ところが、働き手が個人事業主化すれば、彼らはもはや企業にとって外部の人間であり、所有する固定資産を彼らに積極的に使わせるインセンティブがなくなる。仮に使わせるとしても、個人事業主から使用料を徴収する可能性もある。固定資産を使えない個人事業主の仕事は、自ずと小規模なものにならざるを得ない。企業と働き手の格差はいよいよ深刻になり、100年前に共産主義者が恐れた事態が本当に現実のものとなる。

副業・兼業の解禁は、働き方改革の一環として検討されている。しかし、働き手が今いる企業では十分な所得が得られないから副業・兼業をするとしても、たいていは別の誰かの仕事を奪っているだけであり、生産的ではない。今必要なのは、新しい市場を創造するイノベーションである。イノベーションは片手間ではできない。イノベーションと言うとスタートアップの方が有利であるかのような印象があるものの、ピーター・ドラッカーも指摘したように、経営資源が豊富な既存企業が圧倒的に有利である。しかも、失敗した時のリスクを吸収する力が企業にはある。社員は企業にいながら、どうすれば経営者と共闘して(または経営者に逆らって)イノベーションを起こせるかを考えるべきである。それが、「会社を利用する」ということである。

たかだか7年ちょっと個人事業主をしただけの私が言うのもおこがましいが、「副業」という言葉を使う人に仕事の未来はないと思う。「この仕事は副業です」と相手に伝わる場合には、その仕事は優先順位が低いと明言していることに等しい。仕事を依頼している側からすれば、こんなに侮蔑的な言葉はない。仕事や顧客に優先順位をつけることは経営の定石であるとはいえ、自分の中でどんな優先順位がついているかを相手にはっきり伝えることは、およそ顧客を大切にしているとは言えない。顧客への気配りができない人に仕事は務まらない。

既存の企業秩序を維持するか、働き手の個人事業主化を進めて企業による自由調達を推進するかと問われれば、私はこれまでの見解から前者を選択する。次の論点は、企業組織は従来型のピラミッドがよいか、ティール組織に見られるような柔軟なチーム型がよいかということである。ここでも私は前者を採る。チーム型組織は、それぞれの社員が完成された専門性を持ち、仕事が社員の中で完結していることを前提としている。また、業績の伸び縮みや事業構造の転換に応じて、社員を自由に入れ替えられることを前提としている。端的に言えば、モジュール型の経営である。チーム型経営を推奨するアメリカ人は、人間の能力は生まれながらにして完成していると考える傾向が強いことも関係しているだろう。

一方の日本人は、人間の能力は永遠に伸び続けるが、永遠に完成しないという価値観を持っている。学習は、誰かに師事すると同時に、誰かに教えることによって成熟する。その場合の師匠は多くの場合1人であり、弟子は複数人である。企業で言えば、1人の上司と複数人の部下である。ここに強力なタテ関係が成立する。ただし、時には師匠や上司が言っていることが本当なのかと疑問が湧くこともある。その場合には、別の師匠や上司の様子を覗きに行ったり、その師匠や上司についている人たちから話を聞いたりする。これがヨコ関係である。ピラミッド組織はタテ関係とヨコ関係を構造化するのに向いている。人材育成に向いている組織と言い換えてもよい。社員が両方の関係を活用して協調する擦り合わせ型の経営である。

その2へ続く)

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