店舗がキャッシュレス・消費者還元事業を活用するには?
- 2019.08.01
- 記事
キャッシュレス決済推進の背景
既によく知られているように、現金決済インフラを維持するには多額の費用がかかる。野村総合研究所はそのコストを年間1兆円、みずほ総合研究所は最大で年間8兆円と試算している。現在、政府がキャッシュレス決済を積極的に推進している第一の理由はコスト削減である。
キャッシュレス決済には、従来からあるクレジットカード、デビッドカード、電子マネーに加えて、非接触型と呼ばれるApple PayやGoogle Pay、さらには最近各社がこぞって参入しているQRコード決済(実際には2次元バーコードで決済できるタイプが多い)がある。QRコードは日本が作成した世界標準規格であるから、今後政府が導入を強く勧める可能性が高い。
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QRコード決済は、端的に言うとクレジットカードや電子マネーがスマートフォンに置き換わったものである。よって、店舗がQRコード決済を導入する際には、クレジットカードなどと同様に加盟店審査が行われ、店舗ごとの決済手数料が設定される。ただ、どういうわけか私もよく把握していないのだが、クレジットカードの加盟店になるよりも、QRコード決済を導入する場合の方が審査スピードが速い(早ければ数日で審査結果が出る)。また、クレジットカードの決済手数料は小規模店舗になるほど高くなるのが一般的であるのに対し、QRコード決済の決済手数料は概ね3%台に設定されている。PayPayやLINE Pay、Origamiは決済手数料を一定期間ゼロにするキャンペーンを展開している。これらの点がQRコード決済のメリットである。
決済手数料をカバーするための売上高
とはいえ、今まで現金商売でやってきた店舗にとっては、決済手数料は重しである。PayPayなどにしても、現在はゼロの決済手数料はいつか3%台に上がるであろう。決済手数料が3%かかるからと言って、商品の価格を3%上げることは難しい(ちなみに、クレジットカードの加盟店規約では、決済手数料を価格に上乗せすることが禁じられている。価格に上乗せされると、顧客がクレジットカードを使うインセンティブが削がれ、クレジットカード会社にとっては損失となるためだ)。では、販売数量を3%増やせばよいかと言うと、話はそんなに簡単ではない。
簡単な例として、単価100円、原価率60%の商品を販売している店舗で、毎月の固定費が30万円というケースを想定してみよう。月に1万個を全て現金決済で販売している場合、月の売上高は100万円、原価は60万円となり、固定費の30万円を除いた10万円が利益として残る。ここで、完全に決済手数料3%のキャッシュレス決済に移行したとして、毎月の販売個数を3%増の10,300個にしてみる。売上高は103万円、原価は61.8万円である。固定費は30万円で変わらないが、新たに決済手数料として103万円×3%=30,900円がかかる。最終的な利益は、1,030,000-(618,000+300,000+30,900)=81,100円となり、10万円を大きく下回る。
10万円の利益を確保するには、実は10,811個販売しなければならない。売上高は1,081,100円、原価は648,660円、固定費は300,000円、決済手数料は32,433円となり、利益は1,081,100-(648,660+300,000+32,433)=100,007円になる。3%の決済手数料が発生するだけで、売上高の8%アップが求められる。決済手数料が3%の場合、現金決済の場合と同水準の利益を確保するために必要な売上高は、「現在の売上総利益÷(0.97-原価率)」で大まかに計算することができる(より正確には、「現在の限界利益÷(0.97-変動費率)」という式で計算する)。
したがって、キャッシュレス決済の導入に先立って、売上拡大に向けた販促施策や新商品・サービスの開発をしておくことが重要である。それがないままに、キャッシュレス決済が流行っているからという理由だけで安易に波に乗ると、痛い目に遭う。
キャッシュレス・消費者還元事業は売上拡大の契機
店舗の決済手数料負担を軽減する目的で来る10月から始まるのが「キャッシュレス・消費者還元事業」である。国の事務局に登録されている決済事業者の決済サービスを導入し、事務局に加盟店として登録されると、10月から来年の6月末までの9か月間、決済手数料の3分の1が補助される。加えて、消費者が加盟店でキャッシュレス決済をすれば、税込金額の5%が消費者にポイント還元される。消費者にとっては5%値引きされるのと同じ効果を持つから、同じ商品を扱っている複数の店舗があれば、同事業の加盟店になっている店舗を選ぶであろう。加盟店側から見れば、新規顧客を獲得するチャンスが増える。
補助事業期間中は、国の方針で決済事業者の決済手数料が全て3.25%以下に抑えられる。その3分の1が補助されるので、決済手数料が3.25%だとすれば、店舗が負担する決済手数料は2.16%に下がる。したがって、決済手数料をカバーするのに必要な売上高のハードルも下がることになる。先ほどの式を変形して、「売上総利益÷(0.9784-原価率)」で計算する。単価100円、現在の販売個数1万個、原価率60%、固定費30万円という店舗の例で言えば、400,000÷(0.9784-0.6)=1,057,082円となり、10,571個販売すればよい計算となる。
店舗は、キャッシュレス・消費者還元事業を、将来的なキャッシュレス社会を見据えた売上拡大の機会ととらえるのがよい。決済手数料が抑えられる期間中は、キャッシュレス決済の”馴らし”の期間であると言える。この期間中に売上拡大の施策を十分に講じて新規顧客を開拓していれば、補助事業終了後に決済手数料が通常の水準に上がっても、慌てなくて済む。逆に、このままずっと現金決済を続けていき、ある日突然キャッシュレス社会になったら、既に見てきたように売上高をいきなり数%上げなければならず、経営が行き詰まる恐れすらある。
私は、2段階で売上高の目標を設定するのがよいと考える。第1段階は、補助事業期間中に達成すべき売上高であり、第2段階は補助事業が終了する(=決済手数料が上がる)タイミングで達成すべき売上高である。売上高の算出式は前述の通りだが、現実にはいきなり完全にキャッシュレス決済に移行することはない。例えば、補助事業期間中には20%の顧客が、補助事業終了後には30%の顧客がキャッシュレス決済を行うかもしれない。この場合、x:必要な売上高、y:キャッシュレス決済を行う顧客の割合、z:決済手数料として、「(1-yz-原価率)x=現在の売上総利益」という方程式を解くと、達成すべき売上高が解る。この式には3つの変数があるため直接解くことはできないものの、yとzの値をあれこれと変えてみれば、xの値が求められる。
気をつけなければならないのは、現在キャンペーン中で決済手数料がゼロになっているPayPayやLINE Pay、Origamiを導入している店舗である。これらのQRコード決済を導入している店舗の方に話をうかがったところ、既存顧客が興味本位でQRコード決済をすることが多いと言う。現在は決済手数料がゼロであるから、店舗にとっては痛くもかゆくもないだろう。しかし、キャンペーンが終了して決済手数料が3%台に上がると、QRコード決済に慣れた既存顧客ばかりがQRコード決済をして、店舗が大きく損をしてしまうケースも想定される。決済手数料がゼロであるからこそ、新規顧客の獲得を強く意識しなければならない。
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