佐野勝男、槇田仁『精研式 文章完成法テスト解説(成人用)』―SCTの解釈と応用的活用
- 2021.01.27
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一般的に、精神疾患の診断は問診と質問票によって行われる。うつ病の質問票としてはSRQ-D(Self-Rating Questionnaire For Depression)などが、双極性障害の質問票としてはMDQ(Mood Disorder Questionnaire)などが挙げられる。ただ、問診や質問票に対する回答は、言わば患者本人の自己申告に基づくものであり、患者が自分の病相を十分に認識していない場合には、第三者である医師が適切に診断を下すことが困難になってしまう。そのため、患者の病相をより深く理解する目的で、心理テストが併用される。
臨床現場でよく用いられる「WAIS-Ⅲ(ウェイスⅢ)」、「ロールシャッハ検査」、「文章完成法(SCT:Sentence Completion Test)」は、心理テストを実施する臨床心理士の間では「3大心理テスト」と呼ばれているそうだ。私はこれまでに3つとも受検する機会があった。
「WAIS-Ⅲ」は「ウェクスラー式成人知能検査」という別名からも解るように、知能検査の一種でもある。精神障害のみならず、知的障害や発達障害の判断材料としても用いられる。「WAIS-Ⅲ」の結果の読み方については、以前のシリーズ「2018年反省会シリーズ」の中でも触れた。「ロールシャッハ検査」とは、インクを紙に落とし、その紙を二つ折りにした後開いてできるほぼ左右対称の図柄を被験者が見て、何を想像するかを回答するテストである(あいにく、「ロールシャッハ検査」の解説記事はまだ書いていない)。
【2018年反省会(23)】WAIS-Ⅲ(成人知能検査)の結果の見方について
(※)今回の記事を執筆するにあたり、LITALICO発達ナビ「WAIS・WISCとは?ウェクスラー式知能検査の特徴、種類、受診方法、活用方法のまとめ 」を大いに参考にした。 …
「文章完成法」においては、例えば「私が心をひかれるのは」、「私の不平は」などのような、文章の前半部(=刺激文)が与られ、被験者は後半部を自由に書いて(=反応文)文章を完成させる。3つのテストはいずれも、被験者に対して病状を直接尋ねるものではない。被験者の言語表現を分析することを通じて、疾患を下支えしている思考・感情の特性や課題を浮き彫りにするものである。今回の記事では、佐野勝男、槇田仁『精研式 文章完成法テスト解説(成人用)』(金子書房、1960年)をベースに、文章完成法の解釈方法について私なりに整理してみたいと思う。また、本書では、精神障害の臨床現場以外における活用方法も解説されている。記事の終盤ではそれについて私見を述べる。
心理テストと言うからには、テストの対象は心理=心の働きであり、換言すると「パーソナリティ」である。パーソナリティは性格と訳されることが多いものの、厳密には性格はパーソナリティを形成する一要因にすぎない。パーソナリティは以下の4つの要因から構成される。
①能力的側面=知能、精神的分化の度合い、見通し、評価の客観性など。
②情意的側面=気質、性格など情意的側面のうち、比較的固定的なもの。分裂気質(S)、循環気質(Z)、粘着気質(E)というクレッチマーの性格分類に、ヒステリー気質(H)、神経質(N)を加えたものが精神医学的な性格類型である。
③指向的側面=人生観、生活態度、目標、キャセクションなど。
④力動的側面=内的状況(パーソナリティ構造の安定―不安定度)、葛藤、コンプレックスなど比較的動的なもの。
私は①~④の関係を次のように理解している。まず、③の指向性とは、人生においてその人が何を重視しているかという価値観のことである。価値観は、人に入ってくる様々な情報のうち、どれを重点的に認識するかを意識的あるいは無意識のうちに規定する。非常に単純な例を挙げれば、お金を重視する人は金儲けにつながりそうな話に飛びつきやすいし、人間関係を重視する人は相手の表情やしぐさなど、人の気持ちを醸し出すサインに敏感となる。
①の知能とは、情報を正しく識別できる度合いを表す。③の性格とは、一言で言えば思考プロセスの性質である。③の価値観がアンテナの範囲を定め、①の知能がアンテナに引っかかる情報を認識する。その情報を基に、何らかの判断を下すのが思考プロセスである。循環気質の人は思考が開放的であっさりと結論を出す傾向があるのに対し、分裂気質の人はあれこれと考えを逡巡させる傾向が見られる。①~③を合わせて思考システムと呼ぶことができるだろう。そして、④の力動的側面は、思考システムが安定しているのか不安定なのかを示す。
代表的な精神疾患であるうつ病は、性格に原因があるとよく言われる。しかし、この理解には2つの問題点がある。まず、うつ病になりやすい性格というものはおそらく存在しないというのが私の実感である。かつてはうつ病の病前性格について盛んな研究が行われていたようだが、今やうつ病は誰もが罹患する可能性のある病気だと思った方がよい。もう1つの問題は、仮に性格に原因があるとしても、一度形成された性格は変えることが難しく、治療の方向性を見出しにくいということである。精神疾患の構造をパーソナリティというもっと広い概念でとらえることで、多面的・複合的な治療の道筋が見えてくるのではないかと感じる。
精神疾患の原因を分析するには、パーソナリティに直接切り込むのが1つの方法である。加えて、パーソナリティに影響を与えてきた「決定要因」を明らかにすることも有効である。決定要因は以下の2つからなる。
①個体的側面=容姿、体力、健康など。
②環境的側面
②-ⅰ)家族、成育歴とその環境、生活水準など。
②-ⅱ)社会生活、交友関係など。
非常にシンプルな話をすると、長男長女で育った人は精神的分化が速いかもしれない。交友関係が幅広い人は循環気質を形成しているかもしれない。両親の態度は指向性に影響を及ぼしているかもしれない。不和な家庭で育った人は情緒が不安定になっているかもしれない。もちろん、幼少期の環境や経験が決定的な要因になっていると明らかになっても、今さらそれを変更することは不可能である。とはいえ、環境や経験に対する認識を変える余地は残されているので、患者と治療者はそこに賭けることになる。
精神疾患の臨床現場で用いられる心理テストは、概ね以上の「パーソナリティ」と「決定要因」が分析できるように設計されている。他の心理テストは、パーソナリティや決定要因を構成する特定の側面の分析を強みとしている(例えば、WAIS-Ⅲは情意的側面を得意とする)のに対し、文章完成法は各側面を満遍なく対象とするのが大きな特徴である。
文章完成法は30の刺激文から成り立っている。分析者は被験者が書いた1つ1つの反応文を読み解き、パーソナリティの4つの側面、および決定要因の2つの側面について何が言えそうかを推測する。例えば、「子どもの頃、私は」という刺激文に対して、23歳大学卒の男性が「よく山へ行って空を見ていた。このことが現在の己を形成するのに可成り力を貸している」(※本書より引用ママ)という反応文を返したとしよう。この表現から、被験者の能力、情意、指向、力動、個体、環境について解ることを書き出していく(解らない場合は判断を留保してよい)。
<パーソナリティ>
①能力的側面=年齢の割に悟りすぎている。自己を客観的に眺めている。
②情意的側面=大人しい、感受性の強い、内向的な子どもだっただろう(基本的には分裂気質)。
③指向的側面=自分を見つめる内省的な傾向がある。
④力動的側面=(手がかりなし。能力的側面を踏まえると割に安定、コンプレックスはなさそう)
<決定要因>
①個体的側面=容姿・健康などは不明。体力はあまりない方だろう。
②環境的側面=【家庭的】他の兄弟などについて何も触れていないことは消極的データになる。【社会的】学校、友達などに触れていないことは消極的データになる。
(※各側面の解釈の文章は、本書に掲載されているケースを基に私が作成した。以下同)
次に、「私はよく人から」という刺激文に対して、「消極的だとかファイトがないとかいわれるが何時かは積極的にファイトを出して唖然とさせてやりたいと思う」(※本書より引用ママ)という反応文があったとする。同じように6つの側面について分析者が解釈を行う。
<パーソナリティ>
①能力的側面=(手がかりなし)
②情意的側面=消極的だが自己顕示欲が強い。
③指向的側面=(手がかりなし)
④力動的側面=ファイトがないことにコンプレックスがあるかもしれない。
<決定要因>
①個体的側面=体力が劣るのではないか。
②環境的側面=【家庭的】(手がかりなし)【社会的】(手がかりなし)
こうした分析を30の反応文全てに対して行う。最後に、6つの側面それぞれについて総合評価を下す。まず、30の反応文から得られた能力的側面に関する30の解釈を統合し、被験者の能力的側面がどのようなものであるか記述する。他の5つの側面についても同様である。
<パーソナリティ>
①能力的側面=年齢以上に精神的分化の度合いが高く、見通し、客観性がある。
②情意的側面=典型的な分裂気質。自己顕示も多少あるが、対社会的に見るとむしろ+になる。
③指向的側面=自分を見つめ、自己に忠実に生きるといった態度を持っている。
④力動的側面=この年齢としては非常に安定。特に目立ったコンプレックスはない。
<決定要因>
①個体的側面=健康・容姿はまあまあ。やせていて体力・運動神経はない。
②環境的側面=【家庭的】父を一応尊敬。母は平凡な女性。生育歴・人間関係はむしろよかった。【社会的】交友関係が少なく、集団生活に向かなかった。
ここまでの診断結果は、テストを実施した臨床心理士が書くことが多い。主治医は臨床心理士から診断結果を受け取り、6つの側面がどのように関係し合って患者の日常的な社会生活に支障を及ぼしているのか、すなわち患者が悲観的・破滅的な考えに陥って苦しんでいるのかを考察し、改善に向けた道を患者と一緒に模索する。文章完成法の大まかな内容と活用方法は以上の通りである。私は本書を読んで、一連の分析にはこんなにも多大な労力が必要なのかと初めて知った。私が文章完成法を受検してからフィードバックをもらうまでに1か月以上かかったと記憶しているが、それだけの期間を要するのも合点がいく。
文章完成法は、被験者が自由に反応文を書くことができる上、臨床心理士がその反応文を解釈する余地も大きい。よって、精神疾患の原因を分析しようと思えば、どこまでも深く分析することができる。一方で、分析が臨床心理士の腕に左右されることも否定できない。それはつまり、解釈が個別具体的すぎるがゆえに、臨床心理士による当たり外れが大きくなる恐れがあることを意味する(臨床現場の専門家は、訓練を積めばそのようなばらつきは抑えられると主張するに違いない)。
私のような単純な人間は、せっかく分析対象をいくつかの側面に整理しているのだから、それを活かして何らかのモデルを作れないものかと考えてしまう。これはこれで、今度は逆に現実の複雑さを切り捨ててしまうという問題があることは承知している。とりわけ精神疾患の治療は人間の心の機微に触れるものであるから、単純なモデル化とは相容れないと批判を受けそうである。
それでも敢えて非常に大雑把な単純化を試みるならば、まず能力的側面は「高い―低い」と2分できる。情意的側面とは性格のことであり、性格は多様であるから単純化は難しい。だが、前述したように、性格とは思考プロセスの性質を表すことを踏まえると、ひとまず「単純―複雑」という分け方ができるかもしれない。指向的側面とは価値観のことであり、性格以上に多岐にわたる。そこで、しばしば人間の価値観を2分する軸として用いられる「物質的―精神的」という区分を用いることにする。力動的側面は、「安定―不安定」と2分できる。4つの側面がそれぞれ2分できることから、その組み合わせは2の4乗=16通りとなる。
うつ病になりやすい性格があると考えられていたのと同様に、16のパーソナリティのパターンには、精神疾患を引き起こしやすいものとそうでないものがあるのかもしれない。しかし、先に述べた通り、必ずしも特定の性格がうつ病と結びつくとは限らず、したがって16のパーソナリティのいずれも精神疾患の潜在的リスクを抱えていると見る方が妥当である。その潜在的リスクがどのようなものであるか、リスクが顕在化しやすい状況とはいかなるものか、現にリスクが顕在化した場合(=精神疾患を発症した場合)、どのような治療が有効なのかをそれぞれのパターンについて体系化すれば、1つのモデルができ上がるのではないかというのが素人勝手なアイデアである。
本書では、精神疾患の臨床現場以外で文章完成法を活用する方法についても論じられている。具体的な活用シーンとしては、企業における人事考課や社員満足度調査、マーケティング分野における市場調査が挙げられる。
社員数がある程度多くなり、社長や経営陣の直接の目が行き届きにくくなると、社員の声を把握するために社員満足度調査が実施される。仕事のやりがい、上司や同僚との関係、関係部署とのコミュニケーション、経営陣に対する信頼度、給与、異動、教育、人事評価、福利厚生などの項目について、5段階評価でアンケートを取るのがよくある方法である。ただ、アンケートは、社員が「何」に対して満足/不満なのかを明らかにするにとどまる。そこで、社員が「なぜ」満足/不満なのかを掘り下げるために、一部の社員をランダムに抽出してインタビューを行うことがある。
本書によれば、文章完成法も「なぜ」を分析する目的で使用することが可能だという。精神疾患の臨床現場における文章完成法は、被験者に対して病識を直接問うのではなく、病相の背景となっている思考システムの状態に迫るものであった。社員満足度調査における文章完成法は、社員が「なぜ」満足/不満に感じているのか、潜在的・無意識的な原因を探るものであると言えよう。この点で、直接的・意識的な理由が語られるインタビューとは補完性がある。
本書の著者は、大人数に対し手軽に実施できるアンケートと、人数を限定し時間をかけて実施しなければならないインタビューとの中間に、文章完成法を位置づけている。アンケートと同じく、文章完成法も被験者に用紙を配布するだけで実施できるというのが主な理由である。しかし、水面下の理由を抽出することが目的の文章完成法は、活用の難易度が高い。本記事の前半で書いたように、反応文の分析にはかなりの時間がかかるし、分析者の力量が大きくものを言う。よって、著者が推奨するほどには軽々しく手を出すことができないような気もする。
文章完成法の真の目的は、社員の潜在的な心理に迫ることにある。例えば、アンケートのクロス集計の結果、我が社の20代男性社員の満足度を部門別に比較すると、設計部だけが非常に低かったとしよう。「最近の若者は自分がやりたいようにやらせてもらえないと不満に感じやすい」という予備知識があり、インタビューでもその傾向が見て取れたとする。しかし、文章完成法をやってみたところ、我が社の20代男性社員は特有の事情を抱えていて、巷にあふれる一般的な対処方法では彼らの満足度を改善できないと判明した、というのが理想的な分析ストーリーであろう。
ここで、意識的な理由を尋ねるインタビューと、無意識の理由を浮き彫りにする文章完成法とで、質問や刺激文をどのように設定すればよいのかが大きな問題となる。本書では、精神疾患の臨床現場で用いられる文章完成法の刺激文の一部を、例えば「私の上役は」、「会社が生産をあげるといった時」のように、企業活動の現実に即したものに変更することを提案している。しかし、インタビューで「あなたの上役についてどう思いますか?」と尋ねるのと、文章完成法で「私の上役は」と刺激文を与えるのとでは何が異なるのかという疑問が生じる。
確かに、インタビュアーが目の前に座っている状況では胸の内を明かしづらい反面、自分一人で回答できる文章完成法ではついつい本音が出ることは大いに考えられる。こうした矛盾をとらえることができれば、社員の生の声を知り得たという意味で1つの成功である。だが、もしもインタビューと文章完成法で同じような回答をしてきた場合、後者の回答から潜在的な意識の内容を導くにはどうすればよいのかとなると、本書からそのヒントを導くのは難しい。
一般的な文章完成法は、仕事、家庭、日常生活、人間関係など、人生の様々な位相を広範にカバーするように設計されている。一方で、社員満足度調査の実務において文章完成法を使う際には、仕事に関する潜在的な意識を中心に考察する。そもそも、仕事に関する潜在的な意識とは何なのか?それをあぶり出すために効果的な刺激文とはいかなるものか?仕事に関する潜在的な意識を中心に据えるとしても、家庭、日常生活、人間関係などに関する潜在的な意識もある程度関係している以上、これらの意識に焦点を当てた刺激文も必要であり、一般的な文章完成法の刺激文のうち、どれを仕事に関する刺激文に変え、どれを残すのか?これらの論点も未回答のまま残されている。
今一つの活用場面が市場調査である。マーケターは、自社がターゲットとする顧客のことをよく理解し、なぜ我が社(あるいは競合他社)の製品・サービスを購入するのか、その理由を深く知りたがる。本書の著者は、インタビューを通じて顧客が意識している購買理由を明らかにするにとどまらず、文章完成法により、顧客の無意識の購買理由を紐解くことを意図している。
本書では、合成洗剤を購入した消費者に対して、文章完成法を実施した例が紹介されている。分析結果の一部を以下に引用する。
「経営・自由・管理および事務職のE(粘着気質)、Es(分裂気質を含む粘着気質)、Eh(ヒステリーを含む粘着気質)タイプの主婦には、新聞広告の細かい説明文まで丹念に読む人が多いが、Z(循環気質)タイプの人はほとんどが説明文など読んでいない。S(分裂気質)、Se(粘着気質を含む分裂気質)、Sh(ヒステリーを含む分裂気質)タイプは絵や写真がきれいだと細かい説明文も読む気がおきてくるらしい」
「新製品に簡単に飛びつく傾向は、Zタイプの人に多くみられる。E、Es、Ehタイプの主婦は新製品を買ってみて、現在使用中の製品と丹念に比較してみるという人が多かった」
分析結果を読むと、情意的側面、とりわけ性格と紐づけられている説明が散見された。性格によって顧客の購買行動を区別できたことは、1つの重要な成果である。
市場分析においては、地理的変数、人口動態変数、心理的変数、行動変数を用いるのがセオリーである。このうち、自社の顧客の地理的変数、人口動態変数、行動変数(例えば購買頻度)に関しては、比較的容易に客観的な情報をつかむことができる。これに対して、性格を含む心理的変数というのはファジーな情報である。我が社はこんな性格の人を主たるターゲットにしたいと考えていても、実際の顧客がそのターゲット像と一致しているかを検証するのはなかなか困難であった。その点、文章完成法を用いれば、被験者の性格をスケッチすることが可能で、その違いによる購買行動の差に着目することができる。
とはいえ、これでは顧客をセグメンテーションする正確な切り口が1つ増え、よりきめ細かく顧客に応対することが可能になったというだけの話にも見える。著者が本来意図していた購買理由、それも潜在的な購買理由に迫ることまではできていない。「なぜ、我が社の顧客のうち、循環気質の人は説明文をほとんど読まないのか?新製品に簡単に飛びつくのか?」という問いには答えることができていない。これは、本来文章完成法が分析対象としている各側面のうち、本書の事例が情意的側面の分析に偏っていることと無縁ではないだろう。それ以外の側面の分析が薄く、購買に至る無意識の思考プロセスの全体像は依然として隠れたままである。
ここでも、社員満足度調査のところで述べたのと同じような問題を指摘することができる。すなわち、そもそも購買と関連する潜在的な意識とは何なのか?その意識を調べるためにどのような刺激文を与えればよいのか?本書の事例では、一般的な文章完成法の刺激文の一部を、例えば「買物をするとき私は」、「特売の広告をみると、私は」のような、消費行動と関係のあるものに変更しているが、どこまでこのような変更を認めるべきなのか?といった問題である。
言うまでもなく、潜在的な意識を分析することは非常に難しい。しかし、潜在的な意識にまで迫る意義は十分にある。特にマーケティングの分野ではそうだ。マーケターならよく知っているように、顧客は平気で嘘をつくからである。昔、日本マクドナルドの代表を務めていた原田泳幸氏が言っていたのだが、マクドナルドを利用する女性は、インタビューでは自分が健康志向でありサラダが食べたいと主張するのに、いざレジに並ぶとビックマックを注文してしまう。こういった例はごまんとある。文章完成法が、一見矛盾する顧客の行動を筋道立てて説明する材料を提供できるようになれば、マーケターにとって非常に強力なツールとなるだろう。
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