行動心理学に対するいくつかの疑問

行動心理学に対するいくつかの疑問
 

行動心理学とは、人のしぐさや行動を統計的に整理し、背景にある心理を読み取る学問である。中山マコト『わかる!!できる!!売れる!!チラシの教科書』(すばる舎、2018年)は、チラシ広告に行動心理学を活用して売上拡大を狙うという1冊であったが、その中で紹介されている行動心理学のいくつかの理論に個人的に疑問を感じたので、メモ書きとして残しておく。

チラシの教科書 (1 THEME×1 MINUTE)
中山 マコト
すばる舎
2018-02-21

ザイガニック効果とは?

完了した課題よりも未完了の課題の方が記憶に残りやすいという心理学的効果を指す。例えば、「正解はCMの後で」、「答えは明日の朝刊で」などと言われると、どうしても確かめずにはいられないという心の動きがある。Webマーケティングの世界で言えば、「続きはWebで」というものが挙げられる。複数のメディアを組み合わせて1つのメッセージを発し、情報の受け手に何らかの行動を促す戦略のことをクロスメディア戦略と呼ぶ。

《私見》「続きはWebで」という広告はめっきり見なくなった。広告は基本的に受動的に受け取るものであり、「Webで検索する」というワンクッションが必要になるのは、情報の受け手にとって負担である。古典的なAIDMA理論においては、A(Action)に至るまでの道のりをいかに短くするかが重要である。Web検索を挟むと、その道のりを敢えて長くしてしまう。

「続きはWebで」という誘導により、テレビCMよりも長い数分の動画を見せる手法は、既存顧客、特にロイヤリティの高い顧客をつなぎとめるのには有効であろう。ブランドに忠実な顧客は物語を求めている。例えば、ディズニーランドが大好きな顧客に対して、最新のパレードの一部を伝えるテレビCMを流した後、HPでパレードの裏側に迫る秘話を流せば、彼らはよりディズニーに魅せられるに違いない。だが、(私のように)ディズニーランドにほとんど興味がない人を振り向かせるには、パレードの魅力や中身が一発で解るCMを見せる必要がある。

返報性の原理とは?

何かを与えられると、「返さないといけない」という心理効果が働くことである。身近な例で言うと、デパ地下での試飲や試食が挙げられる。試食をすると「買わないと悪いな」、「このまま立ち去りにくいな」と思って商品を買ってしまう。

《私見》消費者はそんなに都合よくお返しをしてくれない。恩を売って、売って、売りまくって、ようやくごく一部の人がお返しをしてくれるにすぎないと考えた方がよい。この点で、返報性の原理よりも、フリーミアム戦略の方が納得感がある。大量に無料もしくは廉価の製品・サービスをばらまいて、その数パーセントの人たち (実際には1%をはるかに切る割合の人たちだろう) が正規価格の製品・サービスを購入してくれるというのが実態である。企業はこのパーセンテージを正確に把握することがカギとなる。そうでなければ事業計画が立てられない。

私は前職のベンチャー企業(企業向けに研修サービスを提供する企業)でWebマーケティングを兼務していた時期がある。人事担当者向けに無料セミナーを開催して、参加企業に商談を持ちかけるという流れを想定していた。私がセミナーを担当するようになってから集客が改善され、1年間で延べ400社以上もの企業に参加していただいたものの、そこから商談につながったのは数えるほどしかない。もちろん、セミナーの内容やターゲット層の設定にも問題があったのだが、フリーミアム戦略は400ほどの見込み顧客を集めた程度では成立しないことを思い知らされた。

保有効果とは?

自分が所有するものに愛着を感じ、手放すことに抵抗感を覚えるという心理学の法則である。まず、比較的手に入れやすい価格、キャンペーン特別価格を設定する。顧客の心理的ハードルを下げて一旦購入してもらう。その際、大きく「返品可能」と書いておく。返品が可能であるにもかかわらず、購入時点で保有効果が働き、顧客は商品を手放さなくなる。

《私見》売り手が「返品可能」と書くのは、「品質を100%保証している」という自信の表れであり、保有効果を狙ったものではないと考える。それに、返品するかどうかは国の文化によって異なる。アメリカでは返品が普通に行われる。アメリカはギフト文化も強く、クリスマスなどには友人にギフトを送るのが習慣となっているのだが、受け取った人はそのギフトが気に入らなければ、お店にギフトを返すような国である。

アメリカでのAmazonの返品率は4%だと言われている。4%返品されるのであれば、4%販売個数を増やせばよいという簡単な話ではない。例えば、原価75円の商品を100円で月に1万個販売している店舗を想定してみる。この店舗の固定費が20万円であれば、月の利益は(100円-75円)×1万個-20万円=5万円である。4%にあたる400個が返品されるという理由で、400個余分に売ったとしよう。売上高は100円×1万個=100万円で変わらない。これに対して、仕入れ個数は10,400個であるから、原価は75円×10,400個=78万円になる。よって利益は2万円にまで下がる。元の利益水準を保つには、915個以上余分に販売しなければならない計算となる。

ウィンザー効果とは?

直接入手した情報よりも、第三者経由の情報を優先する心理学的効果である。自分で一生懸命探してやっと見つけた、たどり着いた情報よりも、他人がこう言っていたという情報に左右される傾向がある。多くの人が商品ページに書き込まれたレビューを参照するのはその証左である。

《私見》私は、どんな場面であっても、情報発信には責任が伴うのであり、責任の所在を示すために氏名を明らかにしなければならないと考えている。ブログを15年ほど実名で運用しているのはそのためである。選挙でさえ、かつてジョン・スチュアート・ミル・シニアが主張したように、実名で投票すべきだという立場だ(ちなみに、息子は匿名で投票しなければ公平性が保たれないと反論した)。よって、ネット上の匿名の口コミは無責任な情報だとして、あてにしていない。

企業が自ら「お客様の声」として紹介する情報はもっとあてにしていない。前述のように、私は前職のベンチャー企業でWebマーケティングをやっていた。今だから正直に告白するのだが、HP上に載せる「お客様の声」を操作したことがある。企業はお客様の声を忠実に掲載しているとは限らない。てにをはを直すことも企業側による情報操作である。平仄を揃えるだけでも、情報が与える印象を変えることができてしまう。

お客様の声を紹介されるぐらいならば、まだ企業が「我が社の製品・サービスの特徴はこれです」、「この点で他社よりも優れています」と言ってくれた方がましである。往々にしてその情報には誇張が混じっているとはいえ、誇張が入っていることを差し引いてその情報をとらえる準備がこちら側にはできている。ところが、製品・サービスのよさを「お客様の声」という形で語る場合、一見真実を伝えているようでありながら、実はお客様という盾を借りて企業側が都合のよい情報を発信するというせこい手口を使っていることになるため、罪深いと感じる。

松竹梅効果とは?

3種類の金額の商品やサービスがある場合、真ん中を選択してしまうという心理学の法則である。例えば、レストランのコースメニューに6,000円、8,000円、10,000円のものを用意すると、8,000円のメニューが最も売れる。見方を変えれば、どうしても5,000円の商品を売りたい場合には、その上に7,000円の商品を、その下に3,000円の商品を追加すればよいと言える。

《私見》最近は消費者の財布の紐が非常に硬くなっているので、松竹梅効果が期待できるとは限らないと感じる。サラリーマンの1人客をターゲットとしたうどん屋さんで、500円のかけうどん、650円のきつねうどん、800円の鴨ネギうどんを提供すると、小遣い制で毎月悲鳴を上げている多くのサラリーマンはかけうどんを選択するに違いない。一方、複数人で利用することが多い店舗では、松竹梅効果が表れる可能性がある。というのも、一番安いメニューを注文して、同席した人から「この人はお金を持っていない」と思われるのが嫌だからである。

テンション・リダクション効果とは?

大きな決断や成功をした後は、緊張が解け、心にちょっとした油断が生じるという心理的効果である。高額な買い物をして買い手の気が緩んでいる瞬間に、初めの買い物よりも低額な商品を勧められると、人は思わず買ってしまう。マクドナルドがやっている「ポテトはいかがですか?」というお勧めは、まさにこれに該当する。

《私見》マクドナルドはもう「ポテトはいかがですか?」と言わなくなっている。また、「安い製品・サービス⇒高い製品・サービス」という順番なら理解できるが、「高い製品・サービス⇒安い製品・サービス」という順番はあまり想定しにくいとも感じる。

まずはお試しで低価格の製品・サービスを購入し、それに満足したらもっと価格が高い製品・サービスを購入するという心理は考えられる。しかし、最初に高い製品・サービスを購入した場合、顧客は高い付加価値を期待しているのであって、そこに安い価格の製品・サービスが加わると価値のバランスが崩れる。別の言い方をすれば、購入した製品・サービス群の世界観が崩れる。

テンション・リダクション効果が紹介されているページの次には「ディドロ効果」が記述されている。ディドロ効果とは、購入するものを高水準で統一したくなるという心理効果である。具体的に言えば、高級ワインを買うと高いグラスがほしくなる。高級ワインを購入した後にチープなグラスを勧められると、顧客は困惑するであろう。チープなグラスの単価は容易に想像がつくから、この店舗はその単価でも利益が出るのならば、今購入した高級ワインの原価も相当低いのではないかと、顧客に変な邪推をされる恐れすらある。

ザイオンス効果とは?

人はどんなに嫌いな人や興味のない人でも、数多く繰り返し接触することで、好意や印象が高まると言われる効果である。

《私見》仮にこの法則が成立するのであれば、ストーキング行為は100%成功することになってしまう。ある企業がテレビの広告枠を買い占めて自社製品の広告を流し続ければ売上アップは確実である。内閣がYahoo!のトップページにバナー広告を出し続ければ、その内閣はほぼ永遠に存続するであろう。もちろん、あまりにも露骨にやると、さすがに人は嫌がるという反論はあるに違いない。だが、露骨にやると嫌われるのであれば、四六時中一緒にいる夫婦関係の大半は上手く行くという事実を説明することができない。

元AKB48の前田敦子さんは、「私のことは嫌いでも、AKB48のことは嫌いにならないでください」という名言を残したが、「嫌よ嫌よも好きのうち」という意味で、好意というものを非常に広くとらえているのであれば、一応はザイオンス効果にも納得できる。