【2018年反省会(24)】「最後までやり切ってしまう」きっかけを作った大学生時代の塾講師の仕事

【2018年反省会(24)】「最後までやり切ってしまう」きっかけを作った大学生時代の塾講師の仕事

【2018年反省会】記事一覧(全26回)

WAIS-Ⅲのテストが終わった後、臨床心理士から感想を求められた。WAIS-Ⅲが単なる知能テストではなく、脳の傾向や考え方の癖を測定する検査であり、後から詳細なフィードバックを受けられることを主治医から聞いていた私は、「もしかしたら『リスク回避能力が低い』という結果が出るかもしれない」と自分の推量を伝えた。

私が独立して以降、「このままこの案件をやり続けると危ない」と思うことが何度もあった。危険な案件とは、金銭的に大赤字になる、あるいは成果が出ないという意味である。両方の意味で危険だったのが、(くどいようだが)「【2018年反省会(1)】はじめに~資格学校の講師の仕事は止めるべきサインがあった」などで書いた仕事である。他の危険な案件では、一緒に仕事をしていたメンバーがいつの間にか1人、2人と抜けていった。最終的には案件の責任者と私しか残っていないという経験も随分とした。抜けていったメンバーは、プロジェクトを脱退するのが上手だった。ところが、私は奇妙な責任感を持って、最後までやり切るという選択を下した。こういう性向を指して主治医は、「もっとずる賢く生きればいいのに」と評したのだろう。

振り返ってみると、私の奇妙な責任感を形成するきっかけとなったのは、大学生時代の塾講師のアルバイトではないかと思う。私は3年生の10月から、ある大手の塾で講師の仕事を始めた。その塾は集団指導と個別指導の両方を実施していた。私は当初、集団指導の講師を希望したが、既に講師の数が足りているという理由で、個別指導の講師をすることになった。この塾の個別指導は、1コマ80分で2人の生徒に同時に教えるというスタイルであった。

翌年の6月に入った頃である。ある日社員に呼び出されて、高校3年生の集団指導をしてくれないかと打診された。実は、この塾の集団指導は中学生までが対象で、高校生には集団指導を行っていなかった。だが、高校3年生の個別指導のコマを多数受け持っていた正社員の講師が、手が回らないために特別に集団指導のクラスを作って一斉に教えていた。

その正社員が突然「実家に帰る」と言い出して、塾を退職することになった。空いたポストに私を入れようという話だったわけだ。私は元々集団指導を希望していたし、塾にとってそこそこの緊急事態で私に声がかかったということは、これまでの仕事ぶりが評価されたのだろうと感じて、正社員の仕事を引き継ぐことにした。担当することになったのは2クラスで、1つが15人ぐらい、もう1つが6人ぐらいだったと記憶している。しかも、辞めた正社員はどういうわけか、1コマ2時間という授業を週2回ずつ行っていた。生徒は大学受験を控えているし、もうすぐ大事な夏休みに入るから、まず生徒の学力を把握し、今後の学習計画を立てるのに苦労した。

学習計画を作成した後は教材の準備である。個別指導の場合は、生徒からの希望で、生徒が持っている教科書や参考書、問題集を使っていたため、自分で教材を用意する機会がなかった。辞めた正社員は特定の教材を使っていなかったらしく(どうやって授業をしていたのだろう)、私が選んだ教材を塾で発注してもらうことにした。しかし、発注後いくら時間が経っても教材が届かない。社員に確認したところ、納品までに3週間以上かかるという。受験生にとって3週間のロスは致命的である。繰り返しになるが、この塾には高校生を対象とした集団指導がない。そのため、塾に常備されているのは、中学生以下用の教材ばかりであった。

仕方なく、自腹で人数分の教材を買ったことが何度かある。後から塾に教材費を請求することもできたが、全額は請求しなかったと思う。また、生徒から「追加でこの教材を使いたい」と要望があった時は、生徒からお金を預かって代わりに買いに行ったこともある。

塾の入り口に置かれたホワイトボードには、その日の集団指導のクラスの教室名が書き出されていた。中学生以下のクラスの教室名は書いてある一方で、私が担当しているクラスの教室名が書かれていないことが度々あった。これから生徒がやって来るというのに、教える場所がないのは大問題である。だから、自分で慌てて教室を確保する羽目になった。ホワイトボードに教室名を書くのは社員の役割だったが、社員の中には高校生向けの集団指導のクラスが例外的に存在することをちゃんと把握していない人たちがいたらしい。

私が担当していたのは、1コマ2時間の授業である。個別指導よりも集団指導の方が時給は高く、しかもいきなり2クラス分の授業が増えたから、給料が増えるのを楽しみにしていた。しかし、2か月ほどしてから、私が計算した給料よりも、実際に振り込まれた給料の方が少ないことに気づいた(2か月目で気づくあたりが鈍感である)。社員に確認したところ、集団指導の場合、最初の80分は所定の時給で計算されるのに対し、それ以降は講師が勝手に延長した分だから時給が下がるとの説明を受けた。私は集団指導の仕事を引き継いだ時にその話を聞いていない。それに、私が毎回2時間の授業をしているのは私の勝手な判断ではなく、前の社員がそうしていたからにすぎない(私に交代した時点で80分に短縮したら、保護者に怒られる)。

時給をめぐる根本的な認識に相違があっては、契約関係が崩れてしまう。もちろん、学生のアルバイトであるから、差額があると言っても月1~2万円ぐらいである。だが、学生にとって月1~2万円の違いは大きい。私は差額の支払いを塾長に要請した。塾長は承諾したものの、差額が支払われたのはそれからさらに2か月後であった。1か月後に差額が振り込まれていないことを知った私が、塾長に強く迫ってようやく支払ってもらえた。

1コマ2時間分の給料が正確に支払われるようになった11月のことだったと思う。アルバイトの講師たちの懇親会があった。その場には、この塾でメインストリームに位置づけられる中学生以下の集団指導のクラスを担当している講師も出席していた。彼らと話をしていたら、金額面でもう1つ私が知らない事実が発覚した。中学生以下のクラスの場合、科目ごとに担当講師が決まっている。そして、その講師陣の中から、クラスの責任者を1人決める。責任者には、責任者手当として、時給とは別に月額1万円が支給されているという。私は担当の2クラスで英語と国語を教えていたが、私以外には講師がいないので、自動的に私が両方のクラスの責任者になる。よって、私には2クラス分の責任者手当がつくと教えてくれた。

私にとっては初耳であった。先ほどの時給の差異は月額1~2万円程度であったが、責任者手当に関しては、既に7月から11月まで2クラス分の責任者を務めていたため、10万円の差が生じる。正直に言って、この塾の金額に対するだらしなさには嫌気が差した。事務面でも、前述の内容以外に様々な不満が溜まっていた私は、センター試験への追い込みが始まる冬期講習の直前にアルバイトを辞めるという強硬手段に出た。塾からは引き留められた。塾長は、「私が塾長を辞めれば問題は解決するか?」と不可解なことを尋ねてきた。仮に新しい塾長がすぐに来ても、4年生だった私がその塾で仕事をするのは受験が終了する3月上旬までである。残りわずか2か月ほどの間に、業務改善の効果を私が享受できるとは期待できなかった。

私は、この件に関しては契約不履行を理由とする契約解除だと認識している。ただ、私が受け持っていた生徒たちに対しては罪悪感が残った。6月に社員が辞め、さらに12月末に私が辞めたのだから、この塾に振り回されっぱなしの受験生活だと受け止めたに違いない。その後、何人かの生徒の受験日には、個人的に会場に出向いて応援に行った。晴れて合格したとの知らせを聞いた生徒もいる。私も周りの同級生も、その大学に受かるのは難しいのではと思っていた生徒が合格を果たして、本人の頑張りに心打たれたこともあった。一方で、受験を諦め、浪人して翌年に再挑戦することにした生徒もいると知って、胸が痛んだ。不合格だったから来年もう一度トライするのではなく、端から今年の受験を見送ったのはショックだった。

私は集団指導の他に、個別指導でも受験生を担当していた。その中には、「この塾で一番の勉強嫌い」と言われて前任の講師から引き継いだ生徒もいた。過去に何度も講師が交代していたことに強い不満を持っていた保護者が幾度となく塾にクレームを入れており、私が担当の挨拶で電話をした時にも、「受かるまで絶対に辞めるな」と念を押された。確かに、彼の勉強嫌いは凄まじかった。しかし、私は過去の講師がそうしてきたのとは違って、彼を怒鳴ったりしなかった。遅刻しても何でもいいから、とにかく決められた曜日に塾に来るようにと言った。80分の間に解けた問題は3問ぐらいしかないこともざらにあった。

彼の偏差値からして、受験できるのは試験科目が小論文しかない私立の美大に限られていた。11月ぐらいから小論文の練習を始めたものの、ほとんど手ごたえはない。ただ、本人のモチベーションは明らかに今までよりも高かった。彼が見事に合格した時には心の底から安堵した。12月中旬のことであり、私が辞めると言い出す1週間ほど前であった。彼に対して私は大したことなど何一つしていない。ただいつも、彼の勉強姿を見ていただけである。それでも、「この塾で一番の勉強嫌い」と評された生徒が合格し、一応は彼の保護者との約束も守った。だから、この塾に対する本当に最低限の義理は果たしたのではないかと自分で勝手に思っている。もっとも、私から直接保護者に合格の報告をする前に辞めてしまったことは心残りである。ひょっとしたら、「結局あの人も辞めたのか」と呆れていたに違いない。

このように、非常に中途半端な形で塾講師の仕事を辞めてしまった反動で、引き受けた仕事は最後までやり切ろうと決意したように感じる。その決意にもかかわらず、性懲りもなく新卒で入社したSIerを1年ちょっとで退職したことが、私の決意をより固くしたかもしれない。それ以降の社会人生活約14年の間に、途中で仕事を辞めたことと言えば、独立後の2012年夏に長期入院して全てのプロジェクトから離脱したことと、昨年9月にアルバイトをわずか3日で投げ出したことぐらいではないかと思う。前職のベンチャー企業を退職したのは自己都合ではなく会社都合である。2017年夏に入院した時は、プロジェクトを一時休養するという扱いにしていただいた。昨年3月の入院時は、ちょうど手持ちの案件が全て完了したタイミングであった。

責任感は必ずしも美徳ではない。アクセンチュアのコンサルタントはマネジャーから「クライアントのために死ね」と言われて猛烈な仕事をしているらしい。とはいえ、本当に死んでしまっては何にもならない。仕事を途中で辞めるよりも、死ぬ方が迷惑の及ぶ範囲ははるかに広い。死までは至らなくとも、深刻な危険を感じた時には潔く撤退することも一つの勇気であると学んだ。もちろん、顧客や仕事仲間には迷惑をかけるし、彼らからは間違いなく嫌われる。自分の悪い評判が人づてに広まることもある。しかし、自分の世界を構成するのはその人たちだけではない。むしろ、それ以外の人々が大多数である。犯罪を犯した場合などはさておき、別の人々と新たに関係を構築するのを妨害するほどにこの世界は冷酷なわけではない。

ところで、「【2018年反省会(9)】アルバイトや派遣の求人に40社以上応募して2社しか受からなった」で書いたように、企業から塾講師を勧められたことがあった。確かに、契約上の時給は一般事務よりも高い。だが、塾講師の仕事は授業の前後の仕事量も多いため、実質的な時給はかなり下がる。私がいた塾では、個別指導の授業が終わるたびに、保護者向けの報告書を書くことになっていた。また、定期的に保護者に電話をし、塾での学習態度を伝えたり、家での様子をヒアリングしたりする必要があった。これをPTC(Parent & Teacher Communication)と呼んだ。内部向けの報告書にPTCをした事実が一定期間記載されていないと、社員から大きく赤字でPTCと書かれた。報告書作成やPTCの時間は無給である。

授業後に生徒から質問があれば、その応対もする。もちろん、この時間も無給である。とはいえ、報告書作成やPTC、質問対応にかかる時間などかわいいものである。一番時間がかかるのは、授業の準備であった。私は集団指導の4コマを含めて週に10コマ以上担当していた。10コマの授業内容はてんでバラバラであるから、その都度授業の準備をしなければならない。しかも、なぜか私の生徒はほとんど高校3年生だったので、なお大変であった。古典や数学、英語を教える時に、生徒から問題文を見せられて、その場で和訳を考えたり、解を導いていたりしては、あっという間に時間が経ってしまう。受験生を相手にそんな悠長なことをしていたら、生徒や保護者からクレームが出る。だから、問題には事前に目を通しておく必要があった。

集団指導のクラスでは、中学生以下の集団指導のやり方に倣い、授業の冒頭で宿題の確認テストを行っていた。中学生以下をメインターゲットとするこの塾では、中学生以下の集団指導の標準的な授業方法がある程度確立されており、中学生以下のクラスでは塾が用意したプリントが主に使われていた。しかし、高校生の集団指導用のプリントは全く存在しなかったので、毎回自分で作成した。最近は、個別指導ユニオンという労働組合ができて、塾講師が報告書作成や保護者対応を無給で行っている問題に取り組んでいる。30分から時に2時間ぐらい無給になるケースが報告されているらしい。だが、私の場合は2時間というレベルではなかった。もっとも、最初からもっと時給の高い塾を選ばなかった私にも半分ぐらい非はある。

普通に考えれば、学年とともに学習の難易度が上がるから、授業料も高くなるはずだ。実際、ITTO個別指導学院明光義塾では、高学年になるほど授業料が上がる。私がいた塾も、おそらくそのような料金体系になっていたと推測する。しかし、不思議なことに、アルバイトの時給は生徒の学年に関わらず一定であった。最近の塾講師の時給はどうなっているのかとアルバイトのサイトで検索してみたら、やはり生徒の学年と無関係に一律の時給になっているところばかりであった。労働基準法の範囲内であれば、どんな報酬を設定するかは塾の自由である。とはいえ、内部ではアルバイトの鬱憤が蓄積しているのではないかと思われる。

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